長福寺本堂・長福寺見どころ(修学旅行・観光)

長福寺本堂

●長福寺本堂は1899年(明治32年)4月5日に国の重要文化財に指定されました。
●長福寺本堂は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されました。その後室町時代中期の1454(享徳3年)・安土桃山時代の1574年(天正2年)・江戸時代前期の1678年(延宝6年)・江戸時代中期の1763年(宝暦13年)・1904年(明治37年)に修理が行われ、1763年(宝暦13年)と1904年(明治37年)が解体修理でした。2012年(平成24年)9月から地盤沈下に伴う解体修理が開始され、2016年(平成28年)7月に完成しました。本堂は内部の正面1間が外陣とし、内陣に広い須弥壇(しゅみだん)を設け、その上に来迎柱(らいごうばしら)2本が建てられています。来迎柱や長押(なげし)上の欄間(らんま)板に千体仏(せんたいぶつ)図・天女(てんにょ)図、内陣四天柱に仏菩薩(ぶつぼさつ)図・仏来迎(ほとけらいごう)図が極彩色で描かれています。本堂は木造阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像を安置しています。
阿弥陀如来は大乗仏教の如来の一尊で、西方の極楽浄土の教主とされています。阿弥陀如来は生あるものを全てを救う如来とされています。阿弥陀如来は経典「無量寿経」によると世自在王仏のもとで出家し、法蔵比丘という菩薩であったが、48の誓願を立てて修行して仏になり、仏国土である極楽浄土を設立して現在もそこで説法しているとされています。阿弥陀如来は飛鳥時代に日本に伝わり、鎌倉時代に念仏によって極楽浄土に往生できるという阿弥陀信仰が盛んになり、法然上人を宗祖とする浄土宗・親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗・一遍上人を宗祖とするを時宗が成立しました。
●長福寺本堂は桁行五間・梁間三間で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。本堂は向拝(こうはい)一間です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。
本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
向拝は寺院・神社建築で仏堂・社殿の屋根の中央が前方に張り出した部分です。向拝は仏堂・社殿の入口に階段上に設けられることから階隠(はしかくし)とも言われています。長福寺

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