般若寺水仙見ごろ2022(1月中旬~2月下旬頃)

般若寺水仙

般若寺水仙見ごろ(例年)・見どころ

般若寺水仙見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。般若寺では境内に日本水仙などの一重咲き・匂い水仙などの八重咲きなど約3万本のスイセンが植えられ、白色の花を咲かせます。水仙と石仏群・本堂などの光景が美しいと言われています。般若寺ではロウバイも植えられ、水仙と一緒に楽しめる場合もあります。(詳細下記参照)

【般若寺 水仙見ごろ(例年)】
般若寺の水仙見ごろは例年1月中旬頃から2月下旬頃です。ただ水仙の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【般若寺水仙見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市般若寺町221
最寄り駅・バス停・・・般若寺(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バス
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【般若寺 水仙見ごろ(例年)・見どころ解説】
般若寺は奈良を代表する水仙(スイセン)の名所です。般若寺の水仙見ごろは例年1月中旬頃から2月下旬頃です。
般若寺では境内に日本水仙などの一重咲き・匂い水仙などの八重咲きなど約3万本のスイセンが植えられ、白色の花を咲かせ、甘酸っぱい香りが漂います。水仙と石仏群・本堂などの光景が美しいと言われています。般若寺ではロウバイ(蝋梅)も植えられ、水仙と一緒に楽しめる場合もあります。
西国三十三所観音石仏は1702年(元禄15年)に山城国北稲八間の寺島氏が病気平癒の御礼に奉納しました。
本堂は戦国時代に焼失し、江戸時代前期の1667年(寛文7年)に妙寂院高任・妙光院高栄が勧進して再建しました。本堂は入母屋造の本瓦葺です。
水仙(スイセン)はヒガンバナ科の多年草(耐寒性球根草)で、スイセン属植物の総称です。水仙にはニホンズイセン・ラッパスイセン・クチベニスイセン・タイハイスイセン・ショウハイスイセン・ヤエザキスイセン・ジョンキル・タゼッタ・ブルボコディウムなどがあります。水仙はスペイン・ポルトガル・北アフリカなどの地中海沿岸地域が原産で、アジア中部に広がり、日本には古くにニホンズイセン(日本水仙)が中国から伝わったと言われています。日本では関東以西の比較的暖かい海岸近くの湿気のある場所などに分布しています。水仙は高さ20~30センチで、葉は鱗茎(りんけい)から群がって生え、線形または帯状で先が鈍く尖っています。水仙は花茎(かけい)の頂部にラッパ状またはカップ状の副花冠(ふくかかん)が中央にある6枚の花被片(かひへん)をもつ1~数個の花を横向きに咲かせます。花は白色や黄色などで、径1.5センチほどの小輪から12センチほどの大輪までがあります。なお水仙は有毒で、鱗茎に多くの毒成分を含んでいます。

【般若寺 歴史・簡単概要】
般若寺(はんにゃじ)は寺伝によると飛鳥時代前期の629年(舒明天皇元年)に日本三論宗(さんろんしゅう)の祖で、高句麗(こうくり)の渡来僧・慧灌法師(えかんほうし)が創建し、土地の瑞祥を見たことから般若台と号したのが起源とも言われています。また般若寺は654年(白雉5年)に蘇我日向臣身刺(そがのひむかのおみむさし)が第36代・孝徳天皇(こうとくてんのう)の病気平癒の為に創建したとも言われています。735年(天平7年)に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)が伽藍を建立し、平城京の鬼門を守る為に十三重石塔を建て、自筆の「大般若経(だいはんにゃきょう・大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう))」を基壇に安置し、寺号の由来になったとも言われています。その後平安時代後期の1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き討ちにより、東大寺(とうだいじ)などとともに焼失して、廃寺同然になったとも言われています。鎌倉時代に僧・良恵らが十三重石塔を再建し、西大寺(さいだいじ)の僧・叡尊(えいそん)が伽藍を再建し、本尊・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)像を造仏しました。しかし室町時代中期の1490年(延徳2年)の火災や戦国時代の1567年(永禄10年)の松永久秀(まつながひさひで)の兵火により、再び多くの伽藍を焼失しました。なお第二次大戦後に伽藍が修理され、境内が整備されました。
般若寺は真言律宗の寺院です。
*参考・・・般若寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【般若寺水仙見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
般若寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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