長谷寺蔵王堂・長谷寺見どころ(修学旅行)

長谷寺蔵王堂

●長谷寺蔵王堂は1986年(昭和61年)12月20日に国の重要文化財に指定されました。
●長谷寺蔵王堂は江戸時代前期の1650年(慶安3年)に再建されました。蔵王堂は中登廊(国の重要文化財)を登りきった場所に祀られています。蔵王堂が建立されている場所はかつて吉野山から虹が架かり、虹の上を三体の蔵王権現(ざおうごんげん)が歩いて長谷寺までやって来たとも言われ、長谷寺蔵王堂には金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王堂(国宝)に安置されている同様の三体の蔵王権現像が安置されています。ちなみに蔵王権現は修験道(しゅげんどう)の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづぬ)が吉野・金峯山寺で修行中にお告げを得たとも言われる修験道の本尊です。蔵王権現は密教の明王像と類似し、激しい忿怒相をしています。
金峯山寺の蔵王堂には三体の木造蔵王権現立像(国の重要文化財)が安置されています。三体の木造蔵王権現立像は中尊が釈迦如来(しゃかにょらい)、向かって右側の像が千手観音(せんじゅかんのん)、向かって左の側の像が弥勒菩薩(みろくぼさつ)を本地とし、それぞれ過去・現世・来世を象徴していると言われています。中尊・釈迦如来像内に桃山時代の1591年(天正18年)に南都大仏師・宗貞(そうてい)、宗印(そういん)などの銘があり、桃山時代に造仏されたとも言われています。
金峯山寺は飛鳥時代後期の白鳳年間(7世紀後半)に大峰山寺(おおみねさんじ)とともに修験道の開祖である役行者・役小角が金峯山(きんぷせん)での修行中に感得した蔵王権現を自ら刻んで開祖したとも言われています。金峯山寺と大峰山寺は元来金峯山寺として蔵王権現像を祀り、金峯山寺は吉野山、大峰山寺が大峯山系(大峰山脈)の山上ヶ岳(約1719.2メートル)の山頂にあることから金峯山寺の本堂は山下(さんげ)の蔵王堂、大峰山寺の本堂は山上の蔵王堂と言われていました。金峯山寺と大峰山寺に分かれるのは近代以降のことだそうです。
●長谷寺蔵王堂は桁行三間・梁間一間で、寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
寄棟造は四方向に傾斜する屋根面を持つ屋根の形式です。寄棟造は大棟(おおむね)の両端から四方に隅棟(すみむね)が降り、2つの台形と2つの二等辺三角形で構成されます。いずれも奈良県の東大寺の大仏殿や正倉院(しょうそういん)・唐招提寺(とうしょうだいじ)の金堂が代表例です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
長谷寺見どころ

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