春日大社伊勢神宮遥拝所・春日大社見どころ(修学旅行・観光)

春日大社伊勢神宮遥拝所

●春日大社伊勢神宮遥拝所は正方形にしめ縄が張られ、その中に2つの大きい石(磐座)と数個の小さい石があります。「春日大宮若宮御祭禮図(かすがおおみやわかみやおまつりれいず)・1742年(寛保2年)」に「俗にはるかに伊勢大神宮を拝すと云」と記され、江戸時代中期には既に存在していたとも言われています。伊勢神宮遥拝所は内宮(伊勢神宮)・天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおかみ)、外宮(豊受大神宮)・豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀り、天地の恵みに感謝する所とされています。なお伊勢神宮遥拝所は若宮十五社めぐりの第12番納札社になっています。
伊勢神宮は紀元前73年(垂仁天皇25年)3月に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が内宮(ないくう)に祀られたのが起源と言われています。天照大御神は皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)以来、天皇の側で祀られていました。天照大御神は瓊瓊杵尊の降臨の際、三種の神器(八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま))を授け、八咫鏡に「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。」として自身の神霊を込めたとされ、代々の天皇の側に置かれました。その後第10代・崇神天皇(すじんてんのう)は天照大御神(八咫鏡)と御殿をともにすることに恐れを抱き、皇居外に祀ることを決意し、紀元前92年(崇神天皇6年)に初代斎宮(さいぐう)で、崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が大和(奈良)の笠縫邑(かさぬいむら)に神籬(ひもろぎ)を立てて祀っていました。ちなみに御殿では倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ・大和大国魂神)も祀られていたが、天照大御神と同様に皇居外で祀られることになり、崇神天皇の皇女・渟名城入姫命(ぬなきいりびめのみこと)が大和(奈良)の市磯邑(いちしのむら)で祀っていました。その後豊鍬入姫命と交代した崇神天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が永遠に神事を続けることができる場所を求め、大和(奈良)から伊賀(三重)・近江(滋賀)・美濃(岐阜)などのを巡って伊勢(三重)に入り、天照大御神が「この神風の伊勢の国は、遠く常世から波が幾重にもよせては帰る国である。都から離れた傍国ではなるが、美しい国である。この国にいようと思う」と言われたことから宮川水系の一級河川・五十鈴川(いすずがわ)の川上に宮を建てて祀りました。
豊受大神宮は平安時代初期の「止由気神宮儀式帳(とゆけじんぐうぎしきちょう)・804年(延暦23年)に編纂」によると478年(雄略天皇22年)7月に丹波国の比沼真奈井原(まないはら)から伊勢山田原に遷座して外宮(げくう)に祀られたのが起源とも言われています。第21代・雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の夢に天照大御神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せるように」と神託したと言われています。
若宮十五社めぐりは若宮神社・三輪神社・兵主神社・南宮神社・広瀬神社・葛城神社・三十八所神社・佐良気神社・春日明神遥拝所・宗像神社・紀伊神社・伊勢神宮遥拝所・元春日枚岡神社遥拝所・金龍神社・夫婦大国社の順に巡ります。
春日大社見どころ

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