春日大社馬出橋・馬止橋・春日大社見どころ(修学旅行)

春日大社馬出橋・馬止橋

●春日大社馬出橋・馬止橋は一之鳥居(重要文化財)から二之鳥居を通って、本殿(国宝)に通じる表参道にあります。ちなみに一之鳥居から萬葉植物園前までの真っ直ぐに伸びる表参道はかつて馬場として造られたとも言われています。
●春日大社馬出橋は一之鳥居から本殿に向かう影向の松(ようごうのまつ)を過ぎた後にあります。春日大社ではかつて競馬・流鏑馬(やぶさめ)が行われ、馬出橋が出発点になっていました。春日大社では平安時代前期の儀式書「貞観儀式(じょうがんぎしき)・貞観年間(859年~877年)編纂」や貴族の日記などに春日祭の際に走馬が行われた記録が残されています。また平安時代中期の公卿・藤原行成(ふじわらのゆきなり)の日記「権記(ごんき)」や太政大臣・藤原道長(ふじわらのみちなが)の日記「御堂関白記(みどうかんぱくき)」によると藤原道長が春日大社に参詣した際に走馬・競馬を奉納したことが記されています。
春日祭(申祭(さるまつり))は平安時代前期の849年(嘉祥2年)に始まったとも、850年(嘉祥3年)に始まったとも言われています。春日祭は賀茂社(かもしゃ(上賀茂神社・下鴨神社))の葵祭(あおいまつり)・石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の石清水祭(いわしみずさい)とともに三大勅祭に数えられました。なお春日祭は明治維新までは2月・11月の上の申の日に行われていたが、1886年(明治19年)からは3月13日に行われるようになりました。
●春日大社馬止橋 (まどめばし)は萬葉植物園・荷茶屋の前にあります。馬止橋は馬場の終点、六位橋(ろくいのはし)・鹿道橋(ろくどうのはし)とも言われています。馬止橋は複数の道に分かれる分岐点であることから仏教における六道に繋がり、鎌倉時代には春日野の下に地獄があるとも言われていました。ただ春日明神を信仰する者は地獄に落ちても地蔵菩薩(天児屋根命(あめのこやねのみこと)の本地仏)が救い出してくれると言われていました。
六道は天道(てんどう)・人間道(にんげんどう)・修羅道(しゅらどう)・畜生道(ちくしょうどう)・餓鬼道(がきどう)・地獄道(じごくどう)のことです。六道は生存中の善悪の業(ごう)により、輪廻転生(りんねてんしよう)する6種の世界です。
●春日大社では現在、春日若宮おん祭の際に競馬が行われています。競馬は馬出橋とお旅所前の勝敗榊(しょうはいさかき)までの表参道で行われます。
競馬では赤(左)と緑(右)の錦地の裲襠装束(りょうとうしょうぞく)を纏い、細纓冠(さいえいかん)を着けた騎者が2騎ずつ合計3度参道を駆けて勝敗を競います。競馬の勝敗により、お旅所祭(おたびしょさい)で奉納される勝負舞である左舞の蘭陵王(らんりょうおう)・右舞の納曽利(なそり)の奉納順が決まります。
春日若宮おん祭は平安時代後期の1135年(保延元年)に若宮神社(わかみやじんじゃ)が造営され、翌1136年(保延2年)9月17日に行われた例祭が起源です。若宮神社が造営され、その霊験により、大雨・洪水は収まって晴天が続いたことから五穀豊穣・万民安楽を祈願する例祭が行われるようになりました。春日若宮おん祭は一度も途切れることなく行われています。なお春日若宮おん祭は7月1日の流鏑馬定(やぶさめさだめ)から始まり、12月15日から18日に中心神事が行われます。
春日大社見どころ

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