春日大社直会殿・春日大社見どころ(修学旅行)

●春日大社直会殿は1901年(明治34年)8月2日に国の重要文化財に指定されました。
●春日大社直会殿は平安時代前期の859年(貞観元年)に建立され、平安時代後期の1143年(康治2年)に南側の庇・床が設けられ、現在の直会殿は江戸時代前期の1650年(慶安3年)~1652年(承応元年)に建立されました。直会殿は檜皮葺(ひわだぶき)で、南端が入母屋造(いりもやづくり)・北端が流造(ながれづくり)です。
一般的に直会殿は神社に付属する社殿で、神職などが集まって直会をする場所です。直会は神社の祭祀の最後に神事に参加した神職などが神酒を戴き、神饌を食する行事です。直会には神霊に捧げた神酒を戴き、神饌を食することにより、神霊との結びつきを強くし、神霊の力を分けてもらうという意味があります。なお直会殿は解斎殿(げさいでん)・直会院・直会所などとも言われます。
入母屋造は切妻造(きりづまづくり)と寄棟造(よせむねづくり)を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
●春日大社直会殿では春日祭の際に勅使以下の直会の儀式が行なわれていました。また平安時代以降に法華八講(ほっけはっこう)も盛大に行われ、直会殿は八講屋とも言われていました。
一般的に法華八講(法花八講)は「法華経」8巻を1巻ずつ8座に分けて講義し、賛嘆する法会です。法華八講は1日に朝・夕の2座行い、4日間行います。なお法華八講は中国から伝わり、平安時代初期の796年 (延暦15年) に奈良・石淵寺の勤操が行ったのが最初とされています。
「法華経(妙法蓮華経)」は紀元前後に起こり、1世紀末にほぼ整ったとも言われる大乗仏教(だいじょうぶっきょう)初期に成立した大乗仏教の重要な経典です。「法華経」は詩や譬喩(ひゆ・比喩)・象徴を主とした文学的な表現で、仏と成ることのできる唯一の教えである一乗(いちじょう)の立場を明らかにし、永遠の仏を説きます。
春日大社見どころ

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