春日大社勝敗榊・春日大社見どころ(修学旅行)

春日大社勝敗榊

●春日大社勝敗榊は参道を挟んで、若宮神社御旅所(おたびしょ)の南側に植えられています。春日大社ではかつて競馬の決勝は馬止橋(まどめばし)だったが、明治維新後に競馬が再興をされた際に水谷川忠起(みやがわただおき)宮司らの寄進によって勝敗榊が植栽されました。現在、勝敗榊は春日若宮おん祭の競馬の決勝点とされています。
水谷川忠起は1848年(嘉永元年)に関白で、近衛家第27代当主・近衛忠熙(このえただひろ)の八男として生まれました。5歳で法相宗大本山・興福寺(こうふくじ)の塔頭(たちゅう)・一乗院(いちじょういん)の法嗣・応昭(おうしょう)として仏門に入り、その後第42代・一乗院門跡になりました。また法印大僧正(ほういんだいそうじょう)にもなりました。1868年(慶応4年)に還俗し、1869年(明治2年)に華族に列しました。ちなみに興福寺などの寺院から還俗して華族となった者は奈良華族とも言われました。奈良華族には水谷川家以外にも松園家(大乗院)・粟田口家(養賢院)・今園家(聖賢院院)・太秦家(慈尊院)・河辺家(勧修坊)などがあります。1884年(明治17年)に華族令によって男爵になり、1895年(明治28年)に家名・水谷川を賜わり、春日大社の宮司になりました。なお水谷川忠起は1923年(大正12年)に亡くなりました。
競馬では赤(左)と緑(右)の錦地の裲襠装束(りょうとうしょうぞく)を纏い、細纓冠(さいえいかん)を着けた騎者が2騎ずつ合計3度参道を駆けて勝敗を競います。競馬の勝敗により、お旅所祭(おたびしょさい)で奉納される勝負舞である左舞の蘭陵王(らんりょうおう)・右舞の納曽利(なそり)の奉納順が決まります。
春日若宮おん祭は平安時代後期の1135年(保延元年)に若宮神社(わかみやじんじゃ)が造営され、翌1136年(保延2年)9月17日に行われた例祭が起源です。若宮神社が造営され、その霊験により、大雨・洪水は収まって晴天が続いたことから五穀豊穣・万民安楽を祈願する例祭が行われるようになりました。春日若宮おん祭は一度も途切れることなく行われています。なお春日若宮おん祭は7月1日の流鏑馬定(やぶさめさだめ)から始まり、12月15日から18日に中心神事が行われます。
御旅所は春日若宮おん祭の際、遷幸の儀によって若宮神社の祭神・天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)が若宮神社の本殿から遷されます。その後春日大社御旅所では暁祭・お旅所祭などが行われ、神楽・東遊・田楽・細男・神楽式・舞楽などが奉納されます。ちなみに中央の芝舞台は芝居の語源とも言われています。なお春日大社御旅所には明治維新後に廃寺になった興福寺の塔頭・大乗院の建物が移され、春日若宮おん祭に使用されています。
春日大社見どころ

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