春日大社移殿・春日大社見どころ

春日大社移殿

●春日大社移殿は1901年(明治34年)8月2日に国の重要文化財に指定されました。
●春日大社移殿は南北朝時代の1382年(永徳2年)~1385年(元中2年)に建立されたと言われています。現在、春日大社移殿は本殿・若宮神社の20年に一度の式年造替(しきねんぞうたい)の際、祭神の神霊が遷されています。
式年造替は奈良時代の768年(神護景雲2年)の創建以来1,200年に渡り、ほぼ20年に1度行われてきました。2015年(平成27年)から2016年(平成28年)には第60次式年造替が行われ、2016年(平成28年)11月6日に移殿に遷されていた祭神の神霊が修理が完了した本殿に遷される正遷宮(しょうせんぐう)が行われました。神職が祓戸神社(はらえどじんじゃ)で身を清め、移殿での祝詞奏上などの神事後、警蹕(けいひつ)の声と雅楽演奏が響く中、白い大幕が張られた莚道(えんどう)を通って祭神の神霊が本殿に遷されました。移殿はかつて春日祭の際に神前で奉仕をする内侍(ないし)が控える社殿で、内侍殿(ないしでん)とも言われています。当初宮中から藤原氏の女性が斎女(いつきめ)として遣わされ、内侍は斎女とともに儀式に奉仕していたが、その後斎女がなくなり、内侍の参向は室町時代中頃まで続きました。
春日祭(申祭(さるまつり))は平安時代前期の849年(嘉祥2年)に始まったとも、850年(嘉祥3年)に始まったとも言われています。明治維新までは2月・11月の上の申の日に行われていたが、1886年(明治19年)からは3月13日に行われるようになりました。ちなみに859年(貞観元年)11月9日に行われて以来、2月だけでなく、11月にも行われるようになったそうです。春日祭はかつて藤原氏の祭りとして、藤原氏一族の氏長者である藤氏長者(とうしのちょうじゃ)・藤原氏が春日大社に置いた童女である斎女(いつきめ)やその使者が参詣し、朝廷も使者を派遣し、平安時代中期の947年(天暦元年)から興福寺(こうふくじ)が関与するようになりました。
●春日大社移殿は桁行五間・梁間三間で、流造(ながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
春日大社見どころ

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