春日大社影向の松・春日大社見どころ(修学旅行)

●春日大社影向の松は1995年(平成7年)に枯れたクロマツ(黒松)で、切り株が残されています。ちなみに切り株の横に後継樹のクロマツが植えられています。春日大社影向の松ではかつて春日大明神(かすがだいみょうじん)が翁の姿で降臨し、万歳楽(まんざいらく)を舞ったとも言われ、絵巻物「春日権現霊験記(1309年(延慶2年))」に記されています。なお「教訓抄(きょうくんしょう)」によると松が芸能の神の依代(よりしろ)とされ、春日大社影向の松が能舞台の鏡板(かがみいた)に描かれている老松のルーツとされています。
春日大明神は茨城県鹿嶋市の鹿島神宮(かしまじんぐう)から勧請された武甕槌命(たけみかづちのみこと)・千葉県香取市の香取神宮(かとりじんぐう)から勧請された経津主命(ふつぬしのおおみこと)・大阪府東大阪市の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)から勧請された天児屋根命(あめのこやねのみこと)と比売神(ひめがみ)の総称です。
能舞台の鏡板は桃山時代以降に登場したとも言われています。能舞台はかつて吹き抜け舞台(四方正面)でした。能舞台の鏡板は能舞台の正面奥にあり、舞台上の音を響かせる働きがあるとも言われています。なお能は狂言とともに平安時代に起こった猿楽を起源とするストーリー性のある歌舞劇です。能は室町時代に室町幕府3代将軍・足利義満の庇護により、観阿弥(かんあみ)と子・世阿弥(ぜあみ)親子が大成させました。能は演じる立方(たちかた)・声楽を謡う地謡方(じうたいかた)・器楽を奏でる囃子方(はやしかた)などで構成されています。
●春日大社影向の松では例年12月中旬に行われる春日若宮おん祭で松の下式(まつのしたしき)が行われています。
松の下式は影向の松の下で行われます。松の下式では陪従(べいじゅう)・細男(せいのお)・猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)は芸能の一節や所定の舞を披露しないとお旅所に入ることができないとされ、それぞれ一節や舞を披露します。細男は「袖の拝」、猿楽は「弓矢立合(ゆみやたちあい)」、田楽は「刀玉(かたなだま)」を披露するそうです。その後興福寺(こうふくじ)ゆかりの宝蔵院流槍術(ほうぞういんりゅうそうじゅつ)の型が家元によって奉納されます。
春日若宮おん祭は平安時代後期の1135年(保延元年)に若宮神社(わかみやじんじゃ)が造営され、翌1136年(保延2年)9月17日に行われた例祭が起源です。若宮神社が造営され、その霊験により、大雨・洪水は収まって晴天が続いたことから五穀豊穣・万民安楽を祈願する例祭が行われるようになりました。春日若宮おん祭は一度も途切れることなく行われています。なお春日若宮おん祭は7月1日の流鏑馬定(やぶさめさだめ)から始まり、12月15日から18日に中心神事が行われます。
春日大社見どころ

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