金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開2020/2/3(日程・・・)

金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開

金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開(日程・・・)を紹介しています。星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開は毎年節分の日に行われています。星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開では星供曼荼羅と人の当年星の吉凶を掌る秘仏である星祭り九曜星本尊が公開されます。また1年の安全を祈願する祈祷が行われたり、護摩が焚かれたりします。(詳細下記参照)

【金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開2020 日程時間(要確認)】
金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開2020は2020年(令和2年)2月3日(月曜日)13:00から行われます。なお19:00から護摩が行われます。

【金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開 アクセス・地図】
場所・・・奈良県五條市野原西3-2-14
最寄り駅・バス停・・・金剛寺(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。
*JR和歌山線・五条駅から野原循環バス
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開 歴史・簡単概要】
金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開 (ほしくまんだら・ほしまつりくようせいほんぞんこうかい)は毎年節分の日に行われています。
星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開では星供曼荼羅と人の当年星の吉凶を掌る秘仏である星祭り九曜星本尊(九体)が公開されます。また1年の安全を祈願する祈祷が行われたり、護摩が焚かれたりします。
星供曼荼羅は星曼荼羅・北斗曼荼羅とも言われています。星供曼荼羅は天変地異や疫病などの災いを祓ったり、延命を祈願する北斗法(ほくとほう)の本尊として祀られます。
星祭りは星供養(ほしくよう)・星供(ほしく)・北斗法とも言われています。星祭りは元旦・立春・冬至などに行われ、災害や個人の災いなどを除きます。
九曜星はインド天文学・インド占星術の9つの天体を神格化した神です。日本では土曜を観世音菩薩、水曜を弥勒菩薩、木曜を薬師如来、火曜を虚空蔵菩薩、金曜を阿弥陀如来、月曜を勢至菩薩、日曜を千手観音菩薩、計都を釈迦如来、羅ごを不動明王とする九曜曼荼羅として信仰しました。
節分(せつぶん・せちぶん)は元々は季節が変わる節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指す場合が多くなりました。節分には邪気悪霊(鬼)が外から入ってくるのを防ぐ為、「鬼は外・福は内」と言いながら福豆を撒き、年の数だけ福豆を食べて厄除けをします。豆撒きは平安時代中期の第59代・宇多天皇(867年~931年)の時代に鞍馬山の鬼が都を荒らしたことから毘沙門天のお告げにより、鬼の穴を祈祷で封じ、鬼の目を炒り豆で打ちつぶしたということに由来しているそうです。なお豆などの穀物には魔除けの呪力や生命力を持つという穀霊が宿っているとも言われています。ちなみに豆は鬼の目を表す「魔目(まめ)」から鬼を滅する「魔滅」を意味するようになったそうです。

【金剛寺 歴史・簡単概要】
金剛寺(こんごうじ)は平安時代後期の1173年(承安3年)に平清盛(たいらのきよもり)の嫡男で、小松内大臣(こまつないだいじん)・灯籠大臣(とうろうだいじん)とも言われた平重盛(たいらのしげもり)が創建したと言われています。その後江戸時代初期に野原城城主・畠山義春(はたけやまよしはる)の菩提寺として再興されました。江戸時代末期から明治時代には律宗(りっしゅう)の総本山である奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)の長老の隠居寺になりました。なお金剛寺は奈良時代末期に流されて来た第49代・光仁天皇の皇后・井上内親王(いがみないしんのう)とその子で、皇太子・他戸親王(おさべしんのう)の怨霊を祀る宮寺にもなり、真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)総本山である京都・仁和寺(にんなじ)の末寺・中本寺にもなりました。ちなみに井上内親王は772年(宝亀3年)に第49代・光仁天皇に災いが振り掛かるように呪詛(じゅそ)したとして皇后を廃され、他戸親王も皇太子を廃され、773年(宝亀4年)に第50代・桓武天皇となる山部親王(やまのべしんのう)が立太子されました。
金剛寺は高野山真言宗の寺院です。
*参考・・・金剛寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ金剛寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【金剛寺星供曼荼羅・星祭り九曜星本尊公開 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
金剛寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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