百済寺(アクセス・見どころ・概要・・・)

百済寺

百済寺(アクセス・見どころ・拝観料金・ご朱印・・・)情報を紹介しています。百済寺は大和北部八十八ヶ所霊場の第85番札所になっています。大和北部八十八ヶ所霊場は江戸時代中期の明和年間(1764年~1772年)に開かれた巡礼地で、第1番札所が百済寺ゆかりとも言われる大安寺、第88番札所が久米寺になっています。(番外・別格・奥の院あり)

【百済寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県北葛城郡広陵町百済1411-2
最寄り駅・バス停・・・百済寺公園前(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄高田駅から広陵町コミュニティバス・広陵元気号北東部支線
路線・時刻表・運賃チェック

【百済寺 拝観時間・時間(要確認)】
自由

【百済寺 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり
無料

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【百済寺 歴史・簡単概要】
百済寺(くだらじ)は起源が明確ではありません。百済寺は伝承によると飛鳥時代前期の622年(推古29年)に第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の第2皇子・聖徳太子(しょうとくたいし・厩戸皇子(うまやどのみこ))が平群郡熊凝(へぐりぐんくまごり)に建立した熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)の後身である百済大寺(くだらのおおてら)が建立されていた場所だったとも言われています。(諸説あり)百済大寺は日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」の舒明天皇11年(639年)7月条に第34代・舒明天皇(じょめいてんのう)が「詔して曰く、今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。是を以て、西の民は宮を造り、東の民は寺を作る。即ち書直県(ふみのあたいあがた)を以て大匠(おおたくみ)と為す。」と記され、その後移転・改称を繰り返し、710年(和銅3年)の平城京遷都で移転して南都七大寺に数えられる大安寺(だいあんじ)になりました。百済寺は百済大寺の後身とも言われ、かつて七堂伽藍(しちどうがらん)を備えた大寺だったとも言われています。室町時代に明治維新後に談山神社(たんざんじんじゃ)となる多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)が建立されていた多武峰(とうのみね)領なったと言われています。ちなみに本堂は談山神社から移築したものと言われています。桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に6坊が存在したが、江戸時代後期の天保年間(1830年~1844年)に中之坊・東之坊の2坊になり、西側の春日若宮神社社務所は中之坊の後身です。百済寺は本尊・兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)立像を安置しています。
百済寺は高野山真言宗の寺院です。
*参考・・・百済寺(アクセス・見どころ・・・)wikipedia

【百済寺 見どころ・文化財】
百済寺の見どころは重要文化財に指定されている三重塔です。三重塔は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されました。三重塔は三間(さんげん)三重塔婆(さんじゅうとうば)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。また談山神社の古い社殿を移築し、大織冠(たいしょくかん)と言われている本堂も見どころです。

【百済寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0745-55-1001(広陵町役場)

【百済寺 おすすめ散策ルート】
百済寺からは西側にある春日若宮神社を散策するのがおすすめです。なお百済寺は市街地から離れ、周囲に観光スポットがないことから次の観光スポットに向かってその周辺を散策するのがおすすめです。

【百済寺 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車あり。

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