百済寺三重塔・百済寺見どころ(修学旅行・観光)

百済寺三重塔

●百済寺三重塔は1906年(明治39年)4月14日に国の重要文化財に指定されました。
●百済寺三重塔は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されました。三重塔は創建時の九重塔の名残とも言われています。1931年(昭和6年)に修理が行われた際に文字が刻まれた瓦が発見され、室町時代中期の1463年(寛正4年)に解体修理が行われ、木製の瓦から土製の瓦に葺き替えられました。
三重塔の前身とも言われる九重塔は日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」の舒明天皇11年(639年)12月条に「是の月、百済川の側(ほとり)に九重(ここのこし)の塔を建つ」と記され、639年(舒明天皇11年)12月に建立されたとも言われています。ちなみに同年7月条に「詔して曰く、今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。是を以て、西の民は宮を造り、東の民は寺を作る。即ち書直県(ふみのあたいあがた)を以て大匠(おおたくみ)と為す。」と記され、百済寺の前身とも言われる百済大寺(くだらのおおてら)が創建されたとも言われています。その後火災で焼失し、第35代・皇極天皇(こうぎょくてんのう)の時代(642年(皇極天皇元)~645年(皇極天皇4年))に再建され、第40代天武天皇(てんむてんのう)の時代(673年(天武天皇2年)~686年(朱鳥元年))に伽藍を高市郡に移して大官大寺になったと言われています。
一般的に三重塔は仏教の祖・お釈迦さまの遺骨(仏舎利(ぶしゃり))を納める仏塔です。仏塔は紀元前3世紀頃から造られるようになったお釈迦さまの遺骨(仏舎利)を祀る饅頭形(半球形)のストゥーパが起源とも言われています。ストゥーパはインド(天竺(てんじく))から中国に伝えられると高層の楼閣(ろうかく)建築形式になり、朝鮮半島から日本に伝わったと言われています。現在、飛鳥時代の684年(天武13年)~706年(慶雲3年)に建立された法起寺(ほうきじ)の三重塔が日本最古の三重塔です。
一般的に日本の仏塔の形式は三重塔・五重塔です。ただ七重塔・九重塔・十三重塔などもあり、層の数はほぼ奇数に限定されています。
●百済寺三重塔は高さ約23メートルの三間(さんげん)三重塔婆(さんじゅうとうば)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。三重塔は側面から眺めると二等辺三角形の高さが江戸時代に建立された三重塔に比べると高くなく、軽やかな印象を与えているとも言われています。
本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
百済寺

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