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室生寺御影堂・室生寺見どころ(修学旅行・観光)
室生寺御影堂
●室生寺御影堂(奥の院・大師堂)は1911年(明治44年)4月17日に国の重要文化財に指定されました。
●室生寺御影堂(奥の院・大師堂)は室町時代前期(1333年~1392年)に建立されました。室生寺御影堂は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)像を安置しています。室生寺御影堂は全国に建立されている大師堂の中でも最古の堂の一つとも言われています。
弘法大師・空海は奈良時代の774年(宝亀5年)に讃岐国多度郡屏風浦(香川県善通寺市)で父・佐伯直田公(さえきのあたいたぎみ)と母・阿刀大足(あとのおおたり)の妹の間に生まれました。ただ正確な誕生日は明確ではありません。真言宗(しんごんしゅう)では空海が唐の高僧で、三蔵法師(さんぞうほうし)の一人である不空三蔵(不空金剛・ふくうこんごう)の生まれ変わりと考えられていることから誕生日は不空三蔵の入滅の日である6月15日とされています。789年(延暦8年)に15歳で母方の叔父・阿刀大足(あとのおおたり)のもとで論語・孝経・史伝などを学び、792年(延暦11年)に18歳で官僚育成機関である大学寮(だいがくりょう)に入って官吏としての学問を修めました。その後仏道を志して山林で修行し、三論宗(さんろんしゅう)の僧で、東大寺(とうだいじ)別当・勤操(ごんそう)のもとで南都仏教を学びました。804年(延暦23年)に遣唐使として唐(中国)に渡り、長安で青竜寺(せいりゅうじ)の恵果(えか)のもとで密教を学び、伝法阿闍梨位(でんぽうあじゃりい)の灌頂(かんじょう)を受け、遍照金剛(へんじょうこんごう)の灌頂名を与えられました。806年(大同元年)に帰国し、真言密教を日本に伝えて真言宗の開祖になりました。816年(弘仁7年)から高野山で金剛峯寺(こんごうぶじ)創建に着手し、823年(弘仁14年)に東寺を賜って真言密教の道場にしました。なお弘法大師・空海は835年(承和2年)3月21日に高野山で亡くなりました。
一般的に御影堂は寺院の開基(かいき)・開山(かいさん)や宗祖の像を安置した堂塔です。御影堂は奈良時代頃から開山の没後に敬慕の心を込めて建立されるようになりました。御影堂は祖師堂(そしどう)・開山堂などとも言われています。
●室生寺御影堂(奥の院・大師堂)は桁行三間・梁間三間で、宝形造(ほうぎょうづくり)の厚板葺です。
宝形造は隅棟(すみむね)が屋根の中央に集まり、屋根の頂部に水平の棟を作らない屋根形式です。ちなみに宝形造は寄棟造(よせむねづくり)のように雨が四方に流れ落ちます。宝形造の名称は露盤(ろばん)・伏鉢(ふくばち)・宝珠(ほうじゅ))の総称を宝形と言うことに由来しています。屋根が六角形の場合に六注、八角形の場合に八注と言われています。なお宝形造は方形造とも言われています。
室生寺見どころ