大神神社歴史の簡単まとめ-修学旅行・観光ガイド

大神神社

大神神社歴史の簡単まとめ

大神神社歴史を簡単にまとめてポイント解説します。大神神社は記紀よると国造りを行っていた大国主神の前に協力すると大物主大神が現れ、「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と言って、三輪山に祀られたのが起源とも言われています。なお大神神社歴史では時代別に歴史年表にまとめ、重要人物も紹介したりしています。

【前史(三輪山)】

★三輪山は奈良盆地南東部に位置する標高約467.1メートルの山です。三輪山は日本最古の歴史書「古事記(こじき)712年(和銅5年)編纂」や日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)720年(養老4年)完成」に美和山・御諸山(みもろやま)・三諸岳(みもろだけ)などと記されています。三輪山は火山ではなく、雨水などの侵食によって形成され、山体が花崗岩(かこうがん)類、頂上部が角閃斑糲岩(かくせんはんれいがん)などから構成されています。三輪山は古来から信仰の対象とされ、山中に原始信仰のなごりとも言われる三段(頂上・中腹・山麓)の磐座(いわくら)と言われる巨石群(奥津磐座(おきついわくら)・中津磐座(なかついわくら)・辺津磐座(へついわくら))があります。なお三輪山は周囲約16キロ・面積約350ヘクタールで、杉・松・檜(ひのき)などの大樹に覆われ、一木一草に至るまで神宿るものとして信仰されています。

【大神神社創建(起源・由来)】

★大神神社は「古事記」・「日本書紀」によると国造りを行っていた出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に国作りに協力すると大国主神の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま・和魂(にきたま))である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が現れ、「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と言って、三輪山に祀られたのが起源とも言われています。大国主神は少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに国造りを行っていたが、その途中で少彦名神は常世(とこよ)に去りました。大国主神が「この後どうやって一人で国造りをすれば良いのだ」と言うと、大物主大神が海原を照らして出現し、三輪山に祀れば国作りに協力すると言い、大物主大神が御諸山(三輪山)に祀られたと言われています。なお大神神社は古来から本殿を設けず、三輪山を直接参拝します。

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【弥生時代(前10世紀頃~後3世紀中頃)の出来事】

第10代・崇神天皇の時代(紀元前97年~紀元前30年)に大神神社が国造り神・国家の守護神として篤く祀られました。

【飛鳥時代(592年頃~710年頃)の出来事】

★飛鳥時代に第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の皇子・聖徳太子(しょうとくたいし)が大神神社の神宮寺である平等寺(びょうどうじ)・大輪寺(おおみわでら・大御輪寺(だいごりんじ))を創建したとも言われています。

【平安時代(794年頃~1185年頃)の出来事】

★平安時代に大神祭(おおみわのまつり)・鎮花祭(はなしずめのまつり)・三枝祭(さいくさのまつり)が朝廷の祭礼として行われました。
★850年(嘉祥3年)に神階が正三位に叙され、852年(仁寿2年)に従二位に昇叙され、859年(貞観元年)に正一位勲二等に昇叙しました。大神神社は国史に奉幣や神階の昇進など多く記されています。
★平安時代中期に大神神社は「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)・927年(延長5年)編纂」に「大和国城上郡 大神大物主神社 名神大 月次相嘗新嘗」と記され、名神大社(官幣大社)に列しました。
★平安時代後期に大神神社は二十二社の中七社に列せられました。

【鎌倉時代(1185年頃~1333年頃)の出来事】

★鎌倉時代以降にいずれも神宮寺である平等寺・大輪寺(大御輪寺)を中心に三輪流神道が広まりました。
★鎌倉時代に興正菩薩叡尊上人(こうしょうぼさつえいそんしょうにん)が本堂の修復に携わり、大輪寺の寺号が大御輪寺に改められました。

【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の出来事】

★1664年(寛文4年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)の寄進により、三輪薬師堂の松田氏を棟梁として、拝殿が建立されましたれました。
★1779年(安永8年)に勅使殿・勤番が建立されましたれました。

【明治時代以降(1868年頃~)の出来事】

★明治維新後の神仏分離令・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、神名が三輪明神から大神神社に改められました。またいずれも神宮寺だった平等寺・大御輪寺と大御輪寺に属していた尼寺・浄願寺(じょうがんじ)が廃寺になりました。なお大御輪寺の本尊・十一面観音像(国宝)は聖林寺に移されました。なお大御輪寺に十一面観音像とともに祀られていた大直禰子(おおたたねこ)が祭神として若宮社に祀られ、その後1877年(明治10年)に社名が大直禰子神社に改められました。
★1871年 (明治4年) に大神神社が近代社格制度で、官幣大社に列せられました。
★1883年(明治16年)に三ツ鳥居(三輪鳥居)が再建されました。
★1977年(昭和52年)に平等寺が曹洞宗の寺院として再興されました。
★1986年(昭和61年)に大鳥居が第124代・昭和天皇御在位60年を奉祝して建立されました。

【大国主神:大神神社祭神】

大国主神(大物主大神)は「古事記」や「日本書紀」によると皇祖神とされる天照大神の弟・素戔嗚尊の六世の孫で、日本国を創った神とされています。大国主命は父が天之冬衣神、母が刺国若比売とされ、国津神の主宰神とされています。大国主神は伊邪那岐命と伊邪那美命による国産み・神産みが伊邪那美命の死によって未完のまま放置された為、高天原の神である天津神の命により、国土を少彦名神とともに完成させ、天照大神の使者が来ると国土を献上して隠退したとされています。また大国主命は出雲国造の祖神、出雲大社や大神神社などの祭神ともされています。大国主神は因幡の白兎でもよく知られています。大国主神は兄たちとともに因幡国八上郡の女神・八上比売に求婚する為に因幡を訪れ、皮を剥がされた兎に出会います。兄たちは海水を浴びて風に当たるようにと告げたことから兎の傷は悪化したました。大国主神は兎の傷を治したことから兎は八上比売が大国主神を選ぶであろうと予言し、二人は結ばれました。なお大国主神は大己貴神・八千矛神・葦原色許男命などの別名があります。

【大神神社歴史-修学旅行・観光ガイド 備考】
*参考・・・大神神社(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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