大神神社大直禰子神社・大神神社見どころ(修学旅行・観光)

大神神社大直禰子神社

●大神神社大直禰子神社は社殿が1901年(明治34年)8月2日に国の重要文化財に指定されました。
●大神神社大直禰子神社は社殿の内陣が奈良時代(710年~793年)、外陣が鎌倉前期(1185年~1274年)が建立されました。社殿はかつて大神神社にあった3つの神宮寺のひとつである大御輪寺(だいごりんじ)の堂宇で、若宮神と十一面観音像(国宝)を祀っていました。なお社殿は三輪大神の子孫・若宮神(大直禰子命)を祀っています。
大御輪寺は元々大神神社の祭主であった大神氏の館があった場所とも言われています。大御輪寺は奈良時代に創建され、大神寺(おおみわでら)と言われていました。鎌倉時代に西大寺(さいだいじ)を再興し、真言律宗(しんごんりっしゅう)の祖である興正菩薩(こうしょうぼさつ)・叡尊(えいそん)が中興し、大御輪寺と言われるようになりました。なお大御輪寺は明治維新後の神仏分離・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で、いずれも大神神社の神宮寺であった平等寺(びょうどうじ)・浄願寺(じょうがんじ)とともに廃寺になり、大御輪寺の本尊・十一面観音(じゅういちめんかんのん)像は聖林寺(しょうりんじ)に移されました。
大直禰子命は大田田根子(おおたたねこ)のことです。大田田根子は三輪山の神である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)と活玉依媛(いくたまよりひめ)の子神とされ、三輪氏(神君)・賀茂氏(鴨君)の始祖とされています。第10代・崇神天皇(すじんてんのう)の時代(紀元前97年~紀元前30年)に疫病・災害が続き、崇神天皇の夢に現れた大物主大神の夢告により、大田田根子が大神神社の神主となると疫病・災害が止んだと言われています。
●大神神社大直禰子神社は社殿が桁行五間・梁間五間で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。
本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
大神神社

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