東大寺お水取り日程2020/3/1~14

お水取り

東大寺お水取り日程

東大寺お水取り日程を紹介しています。お水取りでは毎年3月1日~14日に本行が行われます。本行では練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、大松明を持った童子(どうじ)が練行衆に付きます。お水取りの大松明は長さ約6~8メートル・重さ約40キロだが、12日は長さ約8メートル・重さ約70キロの籠松明が用いられます。(詳細下記参照)

【東大寺お水取り2020 日程時間(要確認)】
東大寺お水取り2020(●新型コロナによる実施の有無・内容要確認)は2020年(令和2年)3月1日(日曜日)~14日(土曜日)まで行われます。なおお松明は19:00から行われます。ただ12日(木曜日)は19:30、14日は18:30から行われます。
東大寺お水取り2020

【東大寺お水取り 基礎知識】
東大寺お水取り(おみずとり)・修二会(しゅにえ)・お松明(おたいまつ)は正式には十一面悔過(じゅういちめんけか)と言います。十一面悔過では二月堂(国宝)の本尊・大観音(おおかんのん)と小観音(こがんのん)に罪を懺悔し、鎮護国家・天下泰安・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願しました。お水取りは752年(天平勝宝4年)に東大寺の開山・良弁僧正の高弟・実忠(じっちゅう)が始め、以来一度も途切れることなく続けられています。ちなみにお水取りの名称は二月堂の本尊に井戸・若狭井(わかさい)から汲み上げたお香水(おこうずい)を供えたことに由来し、修二会の名称は旧暦の2月に修する法会に由来し、お松明の名称は夜毎松明(たいまつ)に火を灯したことに由来します。
二月堂は1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討や1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦では焼失しなかったが、1667年(寛文7年)のお水取り中に失火で焼失し、1669年(寛文9年)に再建されました。二月堂は誰も見ることを許されない絶対秘仏である大観音(国宝)・小観音(国宝)を安置しています。なお二月堂の名称は旧暦の2月に行われるお水取り(修二会)に由来しています。

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【東大寺お水取り 日程】
●12月16日・・・お水取り(修二会)参籠の練行衆(れんぎょうしゅう)交名発表
練行衆は東大寺初代別当・良弁僧正の御忌日である12月16日の早朝に華厳宗管長から発表されます。練行衆は四職(ししき)・平衆(ひらしゅう)に大別され、四職には和上(わじょう)・大導師(だいどうし)・咒師(しゅし)・堂司(どうつかさ)、平衆には北座衆之一(きたざしゅのいち・衆之一)・南座衆之一(なんざしゅのいち・南衆)・北座衆之二(きたざしゅのに・北二)・南座衆之二(なんざしゅのに・南二)・中灯之一(ちゅうどうのいち・中灯)・権処世界(ごんしょせかい・権処)・処世界(しょせかい)がいます。ちなみに練行衆は堂内の席の位置によって、北座衆・南座衆に分かれます。なお練行衆は現在11名だが、かつてはもっと人数が多く、 上七日と下七日で練行衆が交代していたそうです。

●2月12日・・・新入習礼(該当者がいる場合)
初めてお水取り(修二会)に参籠する僧侶(新入)は声明(しょうみょう)の節の稽古や暗記が充分にできているか全参籠経験者の前でテストされます。

●2月15日・・・新入・新大導師別火入り(該当者がいる場合)
初めてお水取り(修二会)に参籠する僧侶(新入)と初めて祈願を司る行法全体の導師を勤める新大導師が他の練行衆に先駆けて別火(前行)に入ります。

●2月18日・・・二月堂でお水取り(修二会)で使用する灯明油の油はかり
平衆を率いお水取り(修二会)の進行を司る堂司が立ち会って、お水取り(修二会)で灯明に使用する菜種油の油はかりが行われます。

●2月20日・・・戒壇院別火坊で試別火(ころべっか)開始
試別火は2月20日から26日(閏年は27日)まで行われます。試別火ではお水取り(修二会)での声明(しょうみょう)の稽古、行中に仏前を飾る南天や椿の造花作り、灯明に使う各種灯心の準備、紙衣(かみこ)を作る為の仙花紙(せんかし)絞り、二月堂内で履く履き物(さしかけ)の修理、牛玉箱(ごおうばこ)というお札を入れる箱の包み紙の新調、 守り本尊の補修などが行われます。

●2月26日・・・戒壇院別火坊で惣別火(そうべっか)開始
惣別火2月26日(閏年は27日)から2月末日まで行われます。惣別火では紙衣(かみこ)という仙花紙(せんかし)で作った紙の衣に着替え、特定の場所以外で私語が一切禁止され、食事など以外で湯茶を自由に飲むことができず、所作・作法が厳しくなります。練行衆(れんぎょうしゅう)は下七日の声明の稽古、行中に使う糊たき、二月堂内で刷るお札の紙を折る作業、ホラ貝の稽古、堂内の荘厳に使う椿の枝に造花を取り付ける作業などを行います。

●3月1日~3月14日・・・二月堂でお水取り(修二会)本行
本行は3月1日の午前1時頃に行われる授戒から始まります。本行では六時(日中(にっちゅう)・日没(にちもつ)・初夜(しょや)・半夜(はんや)・後夜(ごや)・晨朝(じんじょう))に悔過作法(時)が行われます。ちなみに本行では練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、大松明を持った童子(どうじ)が練行衆に付きます。大松明は長さ約6~8メートル・重さ約40キロだが、12日は長さ約8メートル・重さ約70キロの籠松明(かごたいまつ)が用いられます。松明は12日以外が10本(大松明)、12日が11本(籠松明)になります。12日以外は初めてお水取り(修二会)に参籠する僧侶(新入)が先に上堂して準備する為に10本、12日は準備をしてから一旦下堂して上堂する為に11本になります。なお12日は後夜の悔過作法(時)の途中に咒師(しゅし)以下の練行衆が二月堂下の若狭井(閼伽井屋(あかいや))に水を汲みに下がります。

●3月15日・・・満行
錬行衆(れんぎょうしゅう)が被っていた兜のようなだったん帽(達陀帽)を子供の頭に被せ、健やかに育つように祈願します。
東大寺だったん帽

【東大寺お水取り 東大寺】
東大寺(とうだいじ)・金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)は728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した皇太子・基皇子(もといのみこ)の菩提を追修する為に東大寺初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)ら9人の智行僧を住まわせた若草山の山房を起源とする金鍾山寺(きんしょうせんじ・金鍾寺(きんしょうじ)が起源と言われています。基皇子は727年(神亀4年)10月5日に誕生したが、728年(神亀5年)9月13日に亡くなり、同年11月に金鍾山寺が建立されました。その後741年(天平13年)に国分寺(金光明寺)・国分尼寺(法華寺)建立の詔が発せられると翌742年(天平14年)に大和国分寺になり、名称を大和金光明寺(きんこうみょうじ)に改められました。その後743年(天平15年)に聖武天皇が大仏造立の詔を発し、当初滋賀甲賀市信楽町の紫香楽宮(しがらきのみや)で大仏の造立が開始されたが、745年(天平17年)に都が平城京に戻ると東大寺で大仏の造立が開始され、752年(天平勝宝4年)にインド出身の僧・菩提僊那(ぼだいせんな)を導師として、大仏開眼供養会(だいぶつかいげんくようえ)が行われ、758年(天平宝字2年)に大仏殿が完成しました。752年(天平勝宝4年)からお水取り(修二会・お松明)も始まりました。789年(延暦8年)の造東大寺司の廃止までに講堂・東西両塔・三面僧房などの諸堂が建立されました。なお東大寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
東大寺は華厳宗の大本山です。
*参考・・・東大寺・お水取り(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ東大寺・お水取り(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【東大寺お水取り日程 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
お水取り・東大寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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