三松寺涅槃会2026年2月15日(涅槃図)

三松寺涅槃会(日程・アクセス・概要)

三松寺涅槃会(日程時間など)を紹介しています。涅槃会は例年2月15日に行われます。涅槃会では涅槃図を掛け、涅槃団子(五色団子)を供え、お釈迦様のご遺徳を偲びます。涅槃団子は5色に色付けされ、仏教でいう五大(地水火風空)を表しているそうです。涅槃会は降誕会・成道会とともに重要な仏事です。(詳細下記参照)

【三松寺涅槃会2026 日程時間(要確認)】
三松寺涅槃会2026は2026年(令和8年)2月15日(日曜日)13:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・三松寺ホームページ

【三松寺涅槃会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市七条1-26-10
最寄り駅・バス停・・・九条駅(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
路線・時刻表・運賃チェック

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【三松寺涅槃会 歴史・簡単概要】
三松寺涅槃会(ねはんえ)は仏教の開祖・お釈迦様(おしゃかさま)が入滅(にゅうめつ)された例年2月15日に行われています。
涅槃会では涅槃図(ねはんず)を掛け、涅槃団子(ねはんだんご・五色団子(ごしきだんご))を供え、お釈迦様のご遺徳を偲びます。涅槃団子は5色に色付けされ、仏教でいう五大(地水火風空)を表しているそうです。涅槃会はお釈迦様が生まれた旧暦4月8日の降誕会(こうたんえ)・お釈迦様が悟りを開いた旧暦12月8日の成道会(じょうどうえ)とともに重要な仏事です。

●涅槃会は約2,500年前に80歳で入滅したお釈迦様の遺徳追慕と報恩の為に行われる法要です。法要ではお釈迦様が娑羅双樹の下で、頭を北にして西を向き、右脇を下にした姿で横たわり、十大弟子から獣畜・虫類までが嘆き悲しむ様子を描いた涅槃図が掲げられます。涅槃会はお釈迦様が入滅した日が陰暦の2月15日ということから新暦の2月15日や3月15日を中心に行われています。
●お釈迦様(ゴータマ・シッダッタ)は約2,500年前の旧暦の4月8日にインド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(マーヤー)との間に生まれました。生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。
●五大はあらゆる世界を構成するとする地・水・火・風・空です。古代インドでは地・水・火を「三大」、地・水・火・風を「四大」とし、「虚空(アーカーシャ)」を加えて「五大」となりました。その後「識(意識)」を加えて「六大」とする場合もあります。

【三松寺 歴史・簡単概要】
三松寺は785年(延歴4年)に第50代・桓武天皇の皇后・藤原乙牟漏が万民富楽の勅願寺として富雄の地に創建したのが起源です。その後衰微したと言われています。1639年(寛永16年)に大和郡山藩城代家老・松下将監供養の為に士族寺として現在の七条の高台に移されました。ちなみに松下将監は江戸で妾婦・お艶を囲い、お艶を伴って大和郡山藩に戻ろうとしたが、お艶は箱根の関所で許可されず、芦ノ湖に入水して白蛇と化し、家老を悩ませたと言われています。松下将監の正妻は三松寺の住職の導きにより、一彫一拝して地蔵尊(切り地蔵)を造仏し、白蛇の邪念を祓ったと言われています。三松寺は本尊に釈迦牟尼仏を祀っています。なお三松寺には地域の寺子屋として、本堂左に1971年(昭和46年)設立の公益財団法人・大和青少年文化研修道場があります。大和盆地で唯一、修行と学問を一致させる「行学一致」の学問場です。
*参考・・・三松寺(アクセス・見どころ・・・)

【三松寺涅槃会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
三松寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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