東大寺開山堂・東大寺見どころ

●東大寺開山堂は1898年(明治31年)12月28日に国の重要文化財、1953年(昭和28年)3月31日に国宝に指定されました。
●東大寺開山堂は内陣が鎌倉時代の1200年(正治2年)、外陣が1250年(建長2年)に建立されました。開山堂は初代住職・良弁僧正坐像(国宝)を安置し、良弁堂とも言われています。
良弁(ろうべん・良辨) は飛鳥時代後期の689年(持統3年)に近江国(滋賀県)または相模国(神奈川県)で生まれたとも、百済系渡来人の子孫とも言われています。出自は明確ではありません。良弁は母親が野良仕事中にワシにさらわれ、東大寺二月堂(春日大社)前の杉の木(良弁杉)に引っ掛かっているのを法相宗(ほっそうしゅう)の僧・義淵(ぎえん・ぎいん)に助けられ、僧として育てられたとも言われています。良弁は義淵から法相・唯識(ゆいしき)を学び、新羅(しらぎ)の僧・審祥(しんじょう)や慈訓(じくん・じきん)から華厳(けごん)を学びました。良弁は日本華厳宗の第二祖とされています。その後東山 (奈良県生駒市)に隠棲し、自ら刻んだ執金剛神像(しゅこんごうじんぞう)を安置して修行に励み、金鐘行者(こんしゅぎょうじゃ)の異名を得ました。そのことが第45代・聖武天皇の耳にとまり、728年(神亀5年)に聖武天皇の皇太子・基王(もといおう)の菩提の為に若草山山麓に設けられた金鐘山房の智行僧(ちぎょうそう)9人の1人に選ばれました。金鐘山房の羂索院(けんさくいん)を賜り、後に東大寺の前身である金鐘寺(こんしゅじ)になりました。742年(天平14年)に金鐘寺が大和国分寺になり、745年(天平17年)に律師(りっし)になり、751年(天平勝宝4年)に東大寺大仏造立・東大寺建立の功によって東大寺の初代別当になりました。756年(天平勝宝8年)に中国からの渡来僧で、律宗の開祖・鑑真(がんじん)とともに大僧都(だいそうづ)になり、773年(宝亀4年)には僧尼を統括する僧正(そうじょう)に任命されました。また第45代・聖武天皇の看病禅師も務めました。なお良弁は774年(宝亀4年)1月10日に亡くなりました。
●東大寺開山堂は宝形造の本瓦葺です。なお開山堂は大仏様建築です。
大仏様は鎌倉時代初期に俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が大仏殿を再建する際に中国・宋(南宋)から取り入れた建築様式です。大仏様は南宋系の建築様式で、禅宗様(ぜんしゅうよう)は北宋系の建築様式です。大仏様は柱に肘木をさし込む指肘木(さしひじき)、天井を張らない化粧屋根(けしょうやね)、用木に彩色を施すのが特徴です。なお大仏様はかつて天竺様(てんじゅくよう)とも言われていました。
東大寺見どころ

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