東大寺山手観音堂・東大寺見どころ

東大寺山手観音堂

●東大寺山手観音堂は二月堂の北側、遠敷神社(おにゅうじんじゃ)近くに建立されています。東大寺山手観音堂には本尊として如意輪観音(にょいりんかんのん)が安置され、その周りに石仏の観音様も祀られています。ちなみに東大寺山手観音堂には天女の絵も飾られています。東大寺山手観音堂では毎月18日の縁日に大観音(おおかんのん)と小観音(こがんのん)と言われる2体の十一面観音像(じゅういちめんかんのん)を安置する二月堂とともに法要が行われています。
如意輪観音は観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つで、六観音の一尊です。六観音は千手観音(せんじゅかんのん)・聖観音(しょうかんのん)・十一面観音・馬頭観音(ばとうかんのん)・准胝観音(じゅんでいかんのん)または不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)です。如意輪観音は霊験を表す如意宝珠(にょいほうじゅ)と法輪(ほうりん)の力により、一切の願望を満たし、生きとし生けるものを救済します。ちなみに「如意」は如意宝珠、「輪」は法輪の略です。如意輪観音像は多くが6本の手である六臂(ろっぴ)を備え、右膝立ちに両足裏を合わせて座り、頭を右に傾けて思惟(しい)の相を示しています。
観音菩薩は菩薩の一尊で、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)・救世菩薩(くせぼさつ)・観音さまなどとも言われています。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われています。「観音経」では様々に姿を変える三十三応化身(さんじゅうさんおうげしん)が説かれています。
二月堂はお水取りとも言われる修二会(しゅにえ)が始まった奈良時代中期の752年(天平勝宝4年)に建立され、平安時代末期の1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討や戦国時代の1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦では焼失しなかったが、江戸時代前期の1667年(寛文7年)のお水取り中に失火で焼失し、1669年(寛文9年)に再建されました。
●東大寺山手観音堂は宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
宝形造は隅棟(すみむね)が屋根の中央に集まり、屋根の頂部に水平の棟を作らない屋根形式です。ちなみに宝形造は寄棟造(よせむねづくり)のように雨が四方に流れ落ちます。宝形造の名称は露盤(ろばん)・伏鉢(ふくばち)・宝珠(ほうじゅ))の総称を宝形と言うことに由来しています。なお宝形造は方形造とも言われています。屋根が六角形の場合に六注、八角形の場合に八注と言われています。
本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
東大寺見どころ

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