壷阪寺歴史の簡単まとめ-修学旅行・観光ガイド

壷阪寺(Tsubosaka-dera Temple)

壷阪寺歴史-弁基上人・南法華寺

壷阪寺歴史を簡単にまとめてポイント解説します。壷阪寺は703年(大宝3年)に元興寺の僧・弁基上人が創建したとも言われています。壷阪寺は清水寺の北法華寺に対し、南法華寺とも言われました。なお壷阪寺歴史では時代別に歴史年表にまとめ、重要人物も紹介したりしています。
壷阪寺基本情報

【壷阪寺創建(起源・由来)】

  • 壷阪寺は703年(大宝3年)に元興寺(がんごうじ)の僧・弁基上人(べんきしょうにん)が創建したと言われています。寺蔵の「南法花寺古老伝」によると弁基上人は壷阪の山で修行していた際、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した観音(かんのん)像を刻んだと言われています。壷阪寺の境内からは藤原宮の時期に造られた瓦が多数出土しています。ちなみに藤原京は690年(持統天皇4年)に着工され、694年(持統天皇8年)に飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)から遷都されました。その後708年(和銅元年)に平城京遷都の勅が下されたそうです。なお1962年(昭和37年)から始まった礼堂の解体修理の際、壷阪寺の地下調査が行われ、八角円堂の基壇石・三尊磚仏・軒瓦など壷阪寺創建時の様相を示す出土品が出土しました。

【奈良時代(710年頃~794年頃)の出来事】

  • 奈良時代前期に壷阪寺が第44代・元正天皇(げんしょうてんのう)の祈願寺(きがんじ)になりました。なお元正天皇は680年(天武天皇9年)に草壁皇子(くさかべのみこ)と正妃・阿部皇女(第43代・元明天皇(げんめいてんのう))の長女として生まれました。元正天皇は結婚経験は無く、独身で即位した初めての女性天皇です。
スポンサーリンク(Sponsor Link)

【平安時代(794年頃~1185年頃)の出来事】

  • 847年(承和14年)に壷阪寺が長谷寺(はせでら)とともに定額寺(じょうがくじ)に列せられ、ともに観音霊場として信仰されました。清少納言(せいしょうなごん)は「枕草子(まくらのそうし)」の中で、「寺は壷坂、笠置、法輪・・・」と記し、霊験あらたかな寺院の筆頭に挙げています。
  • 1007年(寛弘4年)に左大臣・藤原道長(ふじわらのみちなが)が吉野参詣の際、壷阪寺に宿泊したと言われています。
  • 1096年(嘉保3年)に火災によって伽藍の多くが焼失しました。壷阪寺は往時に36堂・60余坊もの堂舎が建立されていたが、灰燼に帰しました。
  • 平安時代後期に子島寺(こじまでら)の真興上人が壷阪寺を復興し、真言宗(しんごんしゅう)子島法流(壷坂法流)の一大道場になり、西国三十三所の観音霊場信仰とともに寺門が栄えました。
  • 平安時代に京都・清水寺(きよみずでら)が北法華寺と言われたのに対し、壷阪寺は南法華寺と言われました。

【鎌倉時代(1185年頃~1333年頃)の出来事】

  • 1211年(承元5年)に大門・僧房が罹災しました。

【南北朝時代(1337年頃~1392年頃)の出来事】

  • 南北朝時代に壷阪寺が兵火に見舞われました。

【戦国時代(1493年頃~1590年頃)の出来事】

  • 戦国時代に兵火に見舞われました。壷阪寺を庇護していた越智氏が滅亡すると衰退し、礼堂・三重塔などだけが残されました。

【安土桃山時代(1573年頃~1603年頃)の出来事】

  • 安土桃山時代に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の異父弟・豊臣秀長(とよとみひでなが)の家臣で、高取城主・本多利久(ほんだとしひさ)などの庇護により、壷阪寺が再興しました。

【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の出来事】

  • 江戸時代に高取藩主・植村氏の庇護を受けました。

【明治時代以降(1868年頃~)の出来事】

  • 1961年(昭和36年)に壷阪寺が日本初の養護盲老人ホーム・慈母園をつくりました。

【弁基上人:壷阪寺開山】

壷阪寺開山は弁基上人です。弁基上人は生没年不詳です。弁基上人は元興寺の僧だったが、701年(大宝元年)に還俗し、春日倉老(かすがのくらのおゆ・春日蔵首)の氏姓を与えられたと言われています。その後714年(和銅7年)に正六位上から従五位下に昇叙され、常陸介(ひたちのすけ)に任じられたと言われています。弁基上人は万葉歌人として知られ、「万葉集」に歌8首(弁基上人1首・春日倉老7首)、「懐風藻」に漢詩1首が収められています。また「常陸国風土記」の編者だったとも言われています。

【壷阪寺歴史の簡単まとめ 備考】
*参考・・・壷阪寺(歴史・見どころ・・・)ホームページ

関連記事

奈良観光おすすめ

  1. 柳生一刀石
  2. 若草山(Mt. Wakakusa-yama)
  3. 吉野山
ページ上部へ戻る