薬師寺東塔・薬師寺見どころ

●薬師寺東塔は1897年(明治30年)12月28日に国の重要文化財、1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定されました。
●薬師寺東塔は奈良時代の730年(天平2年)に建立されたと言われています。薬師寺は度々天災・人災に見舞われ、東塔だけが創建当時の堂塔で、山内最古の建物と言われています。ただ1494年(明応3年)・1596年(文禄5年)・1707年(宝永4年)・1854年(嘉永7年)などに地震・台風で損傷し、度々修理されています。東塔では2009年(平成21年)から約110年振りの解体・修理が始まり、2020年(令和2年)に完了しました。なお東塔は藤原京(694年(持統8年)~710年(和銅3年))で建立されて移されたのか、平城京(710年(和銅3年)~784年(延暦3年))で新築されたのかという議論があったが、2016年(平成28年)の奈良文化財研究所による年輪年代測定により、心柱が719年(養老3年)、初層(1階)の天井板2枚が729年(神亀6年・天平元年)と730年(天平2年)に伐採されたことが分かり、平城京で新築された可能性が高まったそうです。
●薬師寺東塔は一見六重塔のように見えるが、三重塔です。三重塔の各層に裳階(もこし)と言われる小さな屋根(下から1・3・5番目)が取り付けられ、六重塔のように見えます。
一般的に三重塔は仏教の祖・お釈迦さまの遺骨(仏舎利(ぶしゃり))を納める仏塔です。仏塔は紀元前3世紀頃から造られるようになったお釈迦さまの遺骨(仏舎利)を祀る饅頭形(半球形)のストゥーパが起源とも言われています。ストゥーパはインド(天竺(てんじく))から中国に伝えられると高層の楼閣建築形式になり、朝鮮半島から日本に伝わったと言われています。現在、飛鳥時代の684年(天武13年)~706年(慶雲3年)に建立された法起寺(ほうきじ)の三重塔が日本最古の三重塔です。
仏舎利は入滅したお釈迦さまが荼毘に付された際の遺骨を指します。お釈迦さま(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦さまの遺骸は火葬され、遺骨は各地のストゥーパに分けて祀られたそうです。
一般的に日本の仏塔の形式は三重塔・五重塔です。ただ七重塔・九重塔・十三重塔などもあり、層の数はほぼ奇数に限定されています。
裳階は仏堂などの本来の屋根の下に付けた差し掛けの屋根です。屋根が二重になるので2階建てと間違われたりします。いずれも奈良県の東大寺の大仏殿や法隆寺(ほうりゅうじ)金堂と五重塔・薬師寺(やくしじ)の東塔が代表例です。白鳳時代(はくほうじだい)に建立された法隆寺の金堂と五重塔が日本最古の例です。なお裳階は雨打 (ゆた) ・雪打 (ゆた) とも言われています。
薬師寺見どころ

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