当麻寺香藕園・当麻寺見どころ

当麻寺香藕園

●当麻寺香藕園は史跡・名勝です。
●当麻寺香藕園は安土桃山時代に作庭され、江戸時代初期に第111代・後西天皇が行幸した際、江戸幕府第4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)の茶道指南役・片桐石州(かたぎりせきしゅう・片桐貞昌(かたぎりさだまさ))が改修したと言われています。
片桐石州(片桐貞昌)は江戸時代初期の1605年(慶長10年)に大和国小泉藩初代藩主・片桐貞隆(かたぎりさだたか)と今井宗薫(いまいそうくん)の娘の長男として摂津茨木で生まれました。1614年(慶長19年)の大坂の陣の際、伯父で、豊臣家の直参家臣・片桐且元(かたぎりかつもと)の人質として板倉勝重(いたくらかつしげ)に預けられ、大坂の陣後の1617年(元和3年)に江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)に拝謁し、片桐家の嫡子として認められました。1624年(寛永元年)に従五位下・石見守に叙任され、片桐石州と言われるようになりました。1627年(寛永4年)に父・片桐貞隆が亡くなると家督を継ぎ、弟・片桐貞晴(かたぎりさだはる)に3千石を分与し、大和国小泉藩1万3千石になりました。1633年(寛永10年)から知恩院(ちおいん)再建の普請奉行を務め、綾小路柳馬場に居を構え、千利休(せんのりきゅう)の孫である千宗旦(せんのそうたん)、宗和流茶道の祖である金森宗和(かなもりそうわ)、大名・茶人・作庭家である小堀遠州(こぼりえんしゅう)、真言宗の僧侶・文化人である松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)らと交友しました。また大徳寺(だいとくじ)の玉室宗珀(ぎょくしつ そうはく)、玉舟宗ばん(ぎょくしゅう そうばん)に参禅し、大徳寺山内に高林庵(こうりんあん)を建立しました。知恩院の再建後に関東郡奉行などを歴任しました。1663年(寛文3年)に父・片桐貞隆の菩提の為に臨済宗大徳寺派の慈光院(じこういん)を創建しました。片桐石州は千利休の長男・千道安(せんのどうあん)の高弟・桑山宗仙(くわやまそうせん)に茶道を学び、茶道石州流を開祖し、徳川家綱の茶道指南役になりました。ちなみに徳川光圀(とくがわみつくに)、保科正之(ほしなまさゆき)なども茶道の門弟でした。なお片桐石州は1673年(延宝元年)12月27日に亡くなりました。
●当麻寺香藕園は築地塀で内庭と外庭に分かれ、内庭は東塔・西塔を借景とした池泉回遊式庭園です。当麻寺香藕園は竹林院(ちくりんいん)群芳園(ぐんぽうえん)・慈光院(じこういん)庭園とともに大和三庭園に数えられています。
池泉回遊式庭園は大きな池を中心に築山や池の中に小島・橋・名石などを配し、池の周囲に設けられた園路を回遊して鑑賞します。池泉回遊式庭園では休憩所・展望所・茶亭・東屋なども設けられます。なお回遊式庭園は室町時代に禅宗寺院、江戸時代に大名によって多く作庭され、日本庭園の集大成とも位置付けられています。
当麻寺見どころ

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