興福寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

興福寺

興福寺の見どころ解説

興福寺の見どころを簡単にまとめてポイント解説します。見どころには高さ約50メートルの最大のハイライトである美しい五重塔(国宝)や貴重な東金堂(国宝)・北円堂(国宝)・南円堂(重文)・中金堂などがあります。なお興福寺の見どころ解説では修学旅行・観光を満喫できるように文化財(国宝・重要文化財・名勝・史跡)を中心に解説しています。(個別解説下記参照)

興福寺歴史(起源・・・)

【東金堂の徹底解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せない、見るべき存在が東金堂です。東金堂は中金堂が再建されるまでは興福寺の中心的な堂宇で、興福寺のハイライトです。貴重な東金堂は五重塔とのコラボがインスタ映えします。

  • 概要・・・東金堂(国宝)は本尊・銅造薬師三尊像(薬師如来(やくしにょらい)坐像・日光菩薩(にっこうぼさつ)立像・月光菩薩(がっこうぼさつ)立像)などを安置しています。また文殊菩薩(もんじゅぼさつ)坐像・維摩居士(ゆいまこじ)坐像・十二神将(じゅうにしんしょう)立像・四天王(してんのう)立像なども安置しています。
  • 歴史・・・東金堂は1415年(応永22年)に再建されました。ちなみに東金堂は726年(神亀3年)に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)が叔母で、元正上皇(第44代・元正天皇(げんしょうてんのう))の病気平癒を祈願する為に建立したが、その後1180年(治承4年)・1411年(応永18年)など5度の被災と再建を繰り返しました。
  • 様式・・・東金堂は唐招提寺(とうしょうだいじ)の金堂を参考にしたとも言われる天平(てんぴょう)様式です。東金堂は屋根が寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。東金堂は正面・奥行が桁行七間・梁間四間です。正面約25.6メートル・側面約14.1メートルです。
  • 豆知識・・・東金堂は創建当初に緑色のタイル(緑釉せん(りょくゆうせん))が敷かれ、薬師如来の浄瑠璃光(じょうるりこう)世界を表現していたと言われています。
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【北円堂の簡単解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せないのが北円堂です。北円堂は三重塔とともに興福寺山内で最古の建物とも言われています。北円堂は春・秋に内陣が一般公開されています。

  • 概要・・・北円堂(国宝)は本尊・弥勒如来(みろくにょらい)像(国宝)などを安置しています。また無著菩薩(むじゃくぼさつ)立像・世親菩薩(せしんぼさつ)立像・四天王立像なども安置しています。
  • 歴史・・・北円堂は1210年(承元4年)頃に再建されました。北円堂は721年(養老5年)に第44代・元正天皇と元明上皇(第43代・元明天皇(げんめいてんのう))が藤原不比等の一周忌に長屋王(ながやおう)に命じて建立したが、その後1180年(治承4年)に焼失しました。
  • 様式・・・北円堂は法隆寺(ほうりゅうじ)の夢殿(ゆめどの)と同じく、平面が八角形の八角円堂(はっかくえんどう)です。北円堂は屋根が本瓦葺です。北円堂は八角一面が約4.9メートル・対面径約11.7メートルです。
  • 豆知識・・・北円堂からはかつて平城京(へいじょうきょう)を一望することができました。北円堂の西側は少し低くなり、商店街などがあります。

【五重塔の徹底解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で絶対に見逃せない、必ず見るべき存在が五重塔です。五重塔は興福寺だけでなく、奈良のシンボルになっている世界遺産・興福寺の最大のハイライト・目玉です。五重塔は高さが50メートル以上あり、近付くと高さに圧倒されます。五重塔は単独でも美しいが、南側の猿沢池越しの光景が絶景と言われています。美しい五重塔はインスタ映えします。

  • 概要・・・五重塔(国宝)は高さ約50.1メートルで、京都・東寺(とうじ)の五重塔に次ぐ、日本国内で2番目の高い五重塔です。初層は幅約8.7メートルです。五重塔は初層の須弥壇(しゅみだん)四方に薬師三尊像・釈迦三尊(しゃかさんぞん)像・阿弥陀三尊(あみださんぞん)像・弥勒三尊像を安置しています。五重塔は南側の猿沢池越しの光景が美しいと言われています。
  • 歴史・・・五重塔は1426年(応永33年)頃に再建されました。ちなみに五重塔は730年(天平2年)に藤原不比等の娘で、第45代・聖武天皇の后・光明皇后(こうみょうこうごう)が建立したが、その後5度被災しました。
  • 様式・・・五重塔は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、屋根が本瓦葺です。
  • 豆知識・・・五重塔は元々仏教の祖・お釈迦様の遺骨(仏舎利(ぶっしゃり))を納める墓標です。

【三重塔の簡単解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せないのが三重塔です。三重塔は北円堂とともに興福寺山内で最古の建物とも言われています。三重塔は五重塔に比べるとあまり知られておらず、見逃さないようにしましょう。

  • 概要・・・三重塔(国宝)は高さ約19.1メートルです。初層は幅約4.8メートルです。三重塔は東の須弥壇(しゅみだん)に弁才天(べんさいてん)坐像を安置しています。また十五童子(じゅうごどうじ))も安置しています。
  • 歴史・・・三重塔は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に再建されたと言われています。三重塔は北円堂とともに山内最古の建物と言われています。ちなみに三重塔は1143年(康治2年)に第75代・崇徳天皇(すとくてんのう)の中宮・皇嘉門院(こうかもんいん・藤原聖子(ふじわらのせいし))が建立し、その後1180年(治承4年)に被災しました。
  • 様式・・・三重塔は三間三重塔婆(さんげんさんじゅうとうば)で、屋根が本瓦葺です。
  • 仏像・・・弁財天はかつて興福寺の塔頭・世尊院(せそんいん)に安置されていたが、明治時代の神仏分離令(廃仏毀釈(はいぶつきしゃく))後に三重塔に移されたそうです。
  • 行事・・・例年7月7日に弁才天供(べんさいてんく)が行われ、特別開扉されています。

【南円堂の徹底解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せない、見るべき存在が南円堂です。南円堂は西国三十三所の第9番札所になっている興福寺のハイライトです。南円堂は修学旅行生・観光客だけでなく、観音信仰の参拝者で参拝が絶えません。

  • 概要・・・南円堂(重要文化財)は本尊・不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)像(国宝)などを安置しています。また四天王立像・法相六祖(ほっそうろくそ)坐像も安置しています。南円堂は西国三十三所の第9番札所になっています。
  • 歴史・・・南円堂は1741年(寛保元年)に立柱され、1789年(寛政元年)に再建されました。南円堂は4度目です。ちなみに南円堂は813年(弘仁4年)に藤原冬嗣(ふじわらのふゆつぐ)が父・藤原内麻呂(ふじわらのうちまろ)の冥福(めいふく)を願って建立しました。
  • 様式・・・南円堂は八角円堂で、正面に拝所(はいしょ)付きです。南円堂は屋根が本瓦葺です。南円堂は八角一面が約6.4メートル・対面径約15.5メートルです。
  • 調査・・・南円堂は基壇(きだん)築造の際、和同開珎(わどうかいちん)・隆平永宝(りゅうへいえいほう)を撒き、地神(ちじん)を鎮めたことが発掘調査で分かりました。

【大湯屋(風呂場)の簡単解説-興福寺】

  • 概要・・・大湯屋(重要文化財)は風呂場です。大湯屋は地面に直接鉄の湯釜(奈良県指定文化財)2個を据えています。大湯屋では湯を沸かし、東の建物に湯を送って蒸し風呂にしたそうです。
  • 歴史・・・大湯屋は五重塔と同じ1426年(応永33年)頃に再建されました。ちなみに大湯屋は平安時代に建立されたが、その後度々被災しました。
  • 様式・・・大湯屋は屋根が西面入母屋造(いりもやづくり)・東面切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺です。大湯屋は正面・奥行が桁行四間・梁間四間です。正面約11.7メートル・側面約10.6メートルです。

【中金堂の徹底解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せない、見るべき存在が中金堂です。中金堂は興福寺山内で最大の建物で、興福寺のハイライトです。中金堂は興福寺の本堂にあたり、訪れた際には最初にお参りしましょう。中金堂はインスタ映えし、南側の南大門跡から眺めたり、写真撮影したりするのがおすすめです。

  • 概要・・・中金堂は本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)像や薬王菩薩(やくおうぼさつ)像(重要文化財)・薬上菩薩(やくじょうぼさつ)像(重要文化財)などを安置しています。中金堂は内陣に法相宗(ほっそうしゅう)の14人の祖師を日本画家・畠中光享(はたなかこうきょう)が描いた法相柱があります。
  • 歴史・・・中金堂は1991年(平成3年)に境内整備委員会が発足し、2010年(平成22年)10月に立柱式が行われ、2018年(平成30年)10月に落慶法要が行われました。ちなみに中金堂は710年(和銅3年)に建立されたが、1046年(永承元年)から7度焼失し、その後6度再建されました。1819年(文政2年)に仮金堂が建立されたが、2000年(平成12年)に解体されました。
  • 様式・・・中金堂は幅約37メートル・奥行き約23メートル・高さ約21メートルです。中金堂は創建時と同規模と言われています。中金堂には日本産の木材だけでなく、カメルーン産のアパ(アフリカ欅(けやき))・カナダ産のイエローシーダー(アメリカヒバ(檜(ひのき)の一種))も使われています。

【国宝館の簡単解説-興福寺】

  • 概要・・・所有する絵画・仏像・工芸品・典籍・文書・歴史資料・考古遺物など文化財を国宝館で収蔵・展示しています。文化財には阿修羅(国宝)・銅造仏頭(国宝)などがあります。
  • 歴史・・・国宝館は1959年(昭和34年)に食堂(じきどう)跡に建設されました。地下には食堂の遺構がそのままの形で保存されています。
  • 様式・・・国宝館は鉄筋コンクリート造の耐火式収蔵庫です。
  • 阿修羅・・・阿修羅は奈良時代に造仏された像高約153.4センチの脱活乾漆造(だつかつかんしつぞう)です。阿修羅像は三面六臂(さんめんろっぴ(顔が3つ・手が6本))で、少年のような顔だちをしています。阿修羅像は上半身裸で条帛(じょうはく)・天衣(てんい)を掛け、胸飾りと臂釧(ひせん)・腕釧(わんせん)を付け、裳(も)を纏い、板金剛(いたこんごう)を履いています。
  • 銅造仏頭・・・銅造仏頭は685年(天武天皇14年)に第40代・天武天皇が亡き蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)の為に造仏した飛鳥山田寺の本尊の頭部です。銅造仏頭は総高約98.3センチの銅造(鍍金)です。銅造仏頭は1187年(文治3年)に東金堂の本尊・薬師如来像として迎えられたが、1411年(応永18年)に東金堂とともに被災し、1415年(応永22年)に焼け残った頭部が再建された現在の東金堂の本尊・銅造薬師三尊像台座に納められ、1937年(昭和12年)に発見されました。

【追儺会(節分)の簡単解説-興福寺】

  • 概要・・・追儺会(ついなえ)・鬼追式(おにおいしき)は例年節分に行われています。追儺会では東金堂の本尊・薬師三尊像(重要文化財)の前で薬師悔過(やくしけか)の法要が行われます。法要終了後に6匹の鬼(赤鬼・青鬼・黒鬼・3匹の子鬼)を毘沙門天(びしゃもんてん)が退治する鬼追式が行われます。
  • 豆知識・・・赤鬼は貪欲(どんよく)、青鬼は怒り(いかり)、黒鬼は愚痴(ぐち)を表し、貪欲・怒り・愚痴は人間の善根(ぜんこん)を毒する三毒とされています。

興福寺追儺会

【猿沢池の簡単解説-興福寺】★修学旅行・観光

興福寺で見逃せないのが猿沢池です。猿沢池は奈良を代表する観光名所で、インスタ映えスポットです。猿沢池は10分弱で1周でき、散策がおすすめです。

  • 概要・・・猿沢池は興福寺南側にある周囲約360メートルの人工池です。猿沢池は古くからの景勝地で、京都の大覚寺(だいかくじ)大沢池(おおさわのいけ)・滋賀の石山寺(いしやまでら)とともに三大名月鑑賞地に数えられました。「猿沢池月」は「佐保川蛍」・「東大寺鐘」・「春日野鹿」・「南円堂藤」・「雲居坂雨」・「轟橋旅人」・「三笠山雪」とともに南都八景(なんとはっけい)に数えられました。
  • 歴史・・・猿沢池は749年(天平21年)に放生会(ほうじょうえ)を行う放生池として造られました。明治維新後の神仏分離(廃仏毀釈)によって荒廃し、猿沢池は1880年(明治13年)2月14日に開園した奈良公園の一部になりました。
  • 七不思議・・・猿沢池には澄まず・濁らず・出ず・入らず・蛙はわかず・藻は生えず・ 魚が七分に水三分という七不思議が残されています。

【子院・菩提院大御堂の簡単解説-興福寺】

  • 概要・・・菩提院大御堂(ぼだいいんおおみどう)は興福寺の子院です。菩提院大御堂は本尊・阿弥陀如来(あみだにょらい)像(重要文化財)・不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)像・稚児観音菩薩(ちごかんのんぼさつ)像を安置しています。菩提院大御堂は十三鐘(じゅうさんかね)とも言われています。
  • 歴史・・・菩提院大御堂は法相宗を中国から伝えた玄昉(げんぼう)が住んでいたとも言われています。大御堂は1580年(天正8年)に再建されました。

【興福寺見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・興福寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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