元興寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

元興寺

元興寺の見どころ解説

元興寺の見どころを簡単にまとめてポイント解説します。見どころには浄土曼荼羅を祀る最大のハイライトである貴重な極楽坊本堂(国宝)や春日影向堂と言われる禅室(国宝)・五重小塔(国宝)・珍しいかえる石などがあります。なお元興寺の見どころ解説では修学旅行・観光を満喫できるように文化財(国宝・重要文化財・名勝・史跡)を中心に解説しています。(個別解説下記参照)

元興寺歴史

【本堂の徹底解説-元興寺】★修学旅行・観光

元興寺で絶対に見逃せない、必ず見るべき存在が本堂です。本堂は禅室とともに1,200年以上の歴史がある世界遺産・元興寺の最大のハイライト・目玉です。元興寺を訪れた際には最初にお参りしましょう。

  • 概要・・・本堂(国宝)は往生人智光法師(ちこうほうし)感得の浄土曼荼羅(じょうどまんだら)を祀っています。本堂は極楽堂とも、曼荼羅堂とも言われています。なお本堂は内陣が板敷き、それを取り囲む外陣が畳敷きになっており、内陣の周囲を念仏を唱えながら歩く行道(ぎょうどう)に適しています。
  • 歴史・・・本堂はかつて禅室とともに奈良時代に往生人智光法師・礼光法師(らいこうほうし)などの僧侶が住んでいた僧房だったが、1244年(寛元2年)に改築して建立されました。僧房は東西に長い建物で、その東側が本堂になりました。なお本堂は内陣の角柱や天井板に奈良時代の部材が使われています。
  • 様式・・・本堂は屋根が寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。本堂は正面・奥行が桁行六間・梁間六間です。
  • 豆知識・・・本堂は南都(奈良)における浄土教(じょうどきょう)発祥の聖地と言われています。
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【禅室の徹底解説-元興寺】★修学旅行・観光

元興寺で見逃せない、見るべき存在が禅室です。禅室は本堂とともに1,200年以上の歴史がある元興寺のハイライトです。

  • 概要・・・禅室(国宝)はかつて春日影向堂(かすがようごうどう)とも言われました。禅室は近世に客殿、近代に学校舎としても使われました。
  • 歴史・・・禅室はかつて本堂とともに奈良時代に往生人智光法師・礼光法師などの僧侶が住んでいた僧房だったが、1244年(寛元2年)に改築されて建立されました。僧房は東西に長い建物で、その西側が禅室になりました。なお禅室は本堂と同様に奈良時代の部材が使われています。
  • 様式・・・禅室は屋根が切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺です。禅室は正面・奥行が桁行四間・梁間四間です。
  • 調査・・・禅室は2000年(平成12年)の文化財研究所の発表によると582年(敏達天皇11年)に伐採の樹木が使われていることが分かったそうです。

【古瓦の簡単解説-元興寺】★修学旅行・観光

元興寺で見逃せないのが古瓦です。建物(本堂・禅室)だけでなく、屋根の上の古瓦にも注目しましょう。

  • 概要・・・古瓦(丸瓦・平瓦)は本堂(極楽坊本堂)の北流(北側)・西流(西側)、禅室の南流(南側)東部分に使われています。古瓦は飛鳥時代・奈良時代・平安時代・鎌倉時代に焼かれたものです。飛鳥時代の古瓦は飛鳥に建立されていた元興寺の前身・法興寺に使われていたが、710年(和銅3年)の平城京遷都ととも元興寺に移されて代々使われてきました。なお本堂西南隅・禅室南東隅には古代の軒平瓦も残されています。
  • 様式・・・古瓦は上部が細く、下部が広い形状です。古瓦は重ねて葺く方法が行基葺(ぎょうきぶき)と言われています。

【高さ約5.5メートルの五重小塔の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・五重小塔(国宝)は高さ約5.5メートルです。五重小塔は内部構造まで忠実に造られ、工芸品ではなく、建造物として国宝に指定されています。なお五重小塔はかつて小塔院にあった建物内に安置されていたとも言われています。五重小塔は現在、収蔵庫に安置されています。
  • 歴史・・・五重小塔は奈良時代の五重塔の構造を伝える唯一の資料と言われています。
  • 様式・・・五重小塔は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、屋根が本瓦形板葺(ほんがわらがたいたぶき)です。

【東門の簡単解説-元興寺】★修学旅行・観光

元興寺で見逃せないのが東門です。東門は東大寺にゆかりがあり、歴史が魅力になっています。

  • 概要・・・東門(重要文化財)は現在、元興寺の正門になっています。
  • 歴史・・・東門は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に東大寺(とうだいじ)西南院 (さいなんいん)の門として建立され、応永年間(1394年~1427年)に元興寺に移築されました。
  • 様式・・・東門は四脚門(しきゃくもん)です。東門は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【小子坊(沙弥寮)の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・小子坊(奈良県指定文化財)はかつて僧坊の沙弥寮(さみりょう)でした。その後1663年(寛永3年)に極楽院庫裏に改築され、1949年(昭和24年)に本堂の南側に移されて増築され、極楽院保育所の建物になったこともありました。

【豊臣秀吉ゆかりのかえる石の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・かえる石(蛙石)は境内北側にあるガマガエルのような石です。元興寺ではかえる石のかつての有縁無縁の一切の霊を供養し、極楽カエルに成就させたと言われています。かえる石は1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で大阪城が落城した際、関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の側室・淀殿(よどどの)の遺骸(いがい)が下に埋められ、怨念がこもっているとも言われていたそうです。
  • 歴史・・・かえる石は元々大阪河内の川縁にあったが、豊臣秀吉が気に入り、大坂城内に移したと言われています。その後1958年(昭和33年)に元興寺に移されてきたそうです。
  • 豆知識・・・かえる石は古来から奇石として有名で、江戸時代に奇石を集めた「雲根志(木内石亭(きうちせきてい)著)」に記されていたそうです。
  • 行事・・・例年7月7日にかえる石供養を行っています。

【御朱印授与所の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・御朱印授与所は東門(重要文化財)前の左手・拝観受付にあります。御朱印授与所では御朱印・オリジナル御朱印帳を授与しています。御朱印には「智光曼荼羅」・「瑠璃光」・御詠歌・「阿弥陀如来」・「如意輪観音」・「印相地蔵」・「南無佛太子」などがあります。(要確認)

【塔跡・小塔院跡の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・塔跡・小塔院跡(史跡)は塔跡が東大塔院五重塔の基壇、小塔院跡が西小塔院の一部です。ただ塔跡・小塔院跡は大部分が道路や民家の下に埋もれているそうです。
  • 歴史・・・塔跡には寺伝によると総高約72.7メートルの五重塔が建立されていたが、1859年(安政6年)に焼失しました。なお五重塔は実際に高さが50メートルぐらいだったとも言われています。

【地蔵会万灯供養(地蔵信仰)の簡単解説-元興寺】

  • 概要・・・地蔵会万灯供養(じぞうえまんとうくよう)は例年8月23日・24日に行われています。地蔵尊供養では本堂に各界名士揮毫(きごう)による行燈(あんどん) 絵を展示し、境内に祈願が墨書された灯明皿(とうみょうざら)を並べ、菜種油(なたねあぶら)を注いで藺草(いぐさ)芯の灯芯(とうしん)に火を灯します。
  • 歴史・・・地蔵会万灯供養は中世以来の地蔵信仰を受け継ぐ為、1948年(昭和23年)に復興されました。

元興寺地蔵会万灯供養

【ならまちの簡単解説-元興寺】★修学旅行・観光

ならまちはかつて元興寺の境内で、塔跡・小塔院跡が残されています。時間がある方は散策しながら街並みを楽しみましょう。

  • 概要・・・ならまち(奈良町)は歴史的に元興寺の境内に当たり、江戸時代以降の町屋が多く残されています。
  • 歴史・・・ならまちは平城京の外京に置かれた国家鎮護の寺院・神社などの門前郷として発達しました。しかし1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討で被害を受け、中世以降に筆・墨・刀・酒・醤油などの産業が発展し、江戸時代には商工業都市が形成されました。

【元興寺見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・元興寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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