東大寺飯道神社・東大寺見どころ

東大寺飯道神社

●東大寺子飯道神社(はんどうじんじゃ・いいみちじんじゃ)は二月堂南東に祀られています。飯道神社は二月堂周辺に祀られている遠敷神社(おにゅうじんじゃ)・興成神社(こうじょうじんじゃ)とともに二月堂の鎮守神とも言われています。飯道神社には軻具突智神(かぐつちのかみ)・埴山媛命(はにやまひめのみこと)の夫婦神とその子神・稚皇産霊神(わくむすひのかみ)が祀られています。軻具突智神は火の神、埴山媛命は土の神、稚皇産霊神は五穀の神とされています。
飯道神社は起源が明確ではありません。飯道神社は奈良時代の752年(天平勝宝4年)に修二会(お水取り)を始めた東大寺権別当・実忠(じっちゅう)ゆかりの地である近江国(滋賀県甲賀市)に祀られている飯道神社(いひみちじんじゃ・はんどうじんじゃ)から勧請されたとも言われています。また東大寺開基である第45代・聖武天皇が近江国(滋賀県甲賀市)の紫香楽宮(しがらきのみや)に一時的に遷都したり、東大寺が近江国の甲賀・信楽から木材を調達したりしたゆかりから近江国(滋賀県甲賀市)に祀られている飯道神社から勧請されたとも言われています。飯道神社は鎌倉時代後期の1283年(弘安6年)頃に井垣が修理されたとされ、それ以前から祀られていたとも言われています。江戸時代前期の1669年(寛文9年)に二月堂が再建された際に改修されたとも言われています。
近江国(滋賀県甲賀市)の飯道神社は標高約664メートルの飯道山(はんどうさん)に祀られています。飯道神社は飛鳥時代末期から奈良時代初期の和銅年間(708年~715年)に熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)・熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)とともに熊野三山に数えられる熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)から分霊して祀られたとも言われています。奈良時代後期の771年(宝亀2年)に勅符(ちょくふ)で封戸1戸が与えられ、「日本三代実録(にほんさんだいじつろく)・平安時代編纂」によると884年(元慶8年)に従四位下に昇叙したと記されています。紫香楽宮・東大寺大仏殿に信楽杣(しがらきそま)産の木材が使用されたことから信楽杣の神とされ、東大寺二月堂の守護神として祀られたとも言われています。平安時代後期の1146年(久安2年)に勅額・飯道権現を賜り、中世に滋賀県甲賀市甲賀町の油日神社(あぶらひじんじゃ)とともに崇敬されました。戦国時代に甲賀忍者の修行の場でとされたと言われています。
二月堂は修二会(お水取り)が始まった奈良時代の752年(天平勝宝4年)に建立され、平安時代後期の1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討や戦国時代の1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦では焼失しなかったが、江戸時代前期の1667年(寛文7年)のお水取り中に失火で焼失し、1669年(寛文9年)に再建されました。二月堂の名称は旧暦の2月に行われる修二会(お水取り)に由来しています。
遠敷神社は若狭の遠敷明神を勧請したと言われています。興成神社は東大寺の地主神とされています。
東大寺見どころ

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