唐招提寺鼓楼・唐招提寺見どころ(修学旅行)

●唐招提寺鼓楼は1900年(明治33年)4月7日に国の重要文化財、1953年(昭和28年)11月14日に国宝に指定されました。
●唐招提寺鼓楼は鎌倉時代前期の1240年(仁治元年)に建立されました。唐招提寺鼓楼は古くから太鼓ではなく、開基・鑑真和上(がんじんわじょう)が唐から請来した仏舎利(ぶっしゃり)を安置していることから舎利殿(しゃりでん)とも言われています。厨子(ずし)には仏舎利を収めた国宝の金亀舎利塔(きんきしゃりとう)を安置しています。なお唐招提寺鼓楼は楼造で、入母屋造の本瓦葺です。
鑑真和上は奈良時代にあたる688年に唐(中国)・揚州(ようしゅう)江陽県(こうようけん)に生まれ、14歳で智満の元で出家し、18歳で道岸から菩薩戒を受け、20歳から長安で律宗(りっしゅう)・天台宗(てんだいしゅう)を学んで修行を積み、江南第一の大師と称されました。その後揚州・大明寺(だいめいじ)の住職であった742年(天宝元年)に遣唐使として唐に渡った栄叡(ようえい)・普照(ふしょう)から伝戒の師としての招請を受け、奈良時代中期の753年(天平勝宝5年)に6回目の挑戦の末に来日しました。ちなみに鑑真和上は5度の渡航失敗中に失明しました。来日後の5年間は東大寺(とうだいじ)で過ごし、大仏殿に戒壇(かいだん)を築き、聖武上皇(第45代・聖武天皇)から僧尼まで400名に菩薩戒(ぼさつかい)を授けました。その後759年(天平宝字3年)に第40代・天武天皇の皇子・新田部親王(にいたべしんのう)の旧邸宅跡が与えられて唐招提寺が創建されると唐招提寺に移り、763年(天平宝字7年)5月6日に76歳で亡くなりました。
仏舎利は入滅したお釈迦さまが荼毘に付された際の遺骨を指します。お釈迦さま(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦さまの遺骸は火葬され、遺骨は各地のストゥーパに分けて祀られたそうです。
一般的に鼓楼は寺院で時を知らせる太鼓を吊るす堂塔です。鼓楼は古くは梵鐘を吊るす鐘楼(しょうろう)に相対して建立されました。なお鼓楼は太鼓楼(たいころう)などとも言われています。
唐招提寺見どころ

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