法隆寺西園院・法隆寺見どころ

法隆寺西園院

●法隆寺西園院は1942年(昭和17年)12月22日に客殿・上土門、1943年(昭和18年)6月9日に唐門が国の重要文化財に指定されました。
●法隆寺西園院は法隆寺の本坊(住職の居所)です。ただ法隆寺西園院は通常非公開です。
一般的に本坊は大寺院でその寺院の寺務を取り仕切る僧房(僧坊)のことです。僧房は寺院で僧侶が止住し、起居する堂塔です。古代の寺院では講堂を取り囲むように東室(ひがしむろ)・北室(きたむろ)・西室(にしむろ)の3棟の僧坊が建立され、三面僧坊(さんめんそうぼう)と言われました。なお僧房は金堂・塔・講堂・鐘楼・経蔵・食堂とともに七堂伽藍に数えられました。
●法隆寺西園院客殿は桃山時代から江戸時代初期の1573年(天正元年)~1614年(慶長19年)に建立されました。西園院客殿は桁行約11.9メートル・梁間約12.8メートルで、北面入母屋造(いりもやづくり)・南面切妻造(きりづまづくり)の杉皮葺(すぎかわぶき)です。
一般的に客殿は客を接待する為に堂塔です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
杉皮葺は屋根葺手法の一形式です。杉皮葺では杉の樹皮を用いて屋根を葺きます。杉皮葺は檜皮葺に比べるとあまり多くありません。
●法隆寺西園院上土門は江戸時代前期(1615年~1660年)に建立されました。西園院上土門は一間上土門で、檜皮葺(ひわだぶき)です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
●法隆寺西園院唐門は江戸時代前期(1615年~1660年)に建立されました。西園院唐門は一間平唐門で、檜皮葺です。
一般的に唐門は切妻造(きりづまづくり)・入母屋造(いりもやづくり)の屋根に丸みをつけて造形した唐破風(からはふ)がついた門です。唐門は豪華な彫刻が施されたものは向唐門(むこうからもん)、唐破風が妻にある簡素なものは平唐門 (ひららもん)と言われています。唐門は平安時代後期に見られるようになり、桃山時代が隆盛期と言われています。
法隆寺見どころ(西院伽藍)法隆寺見どころ(東院伽藍等)

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