法隆寺東大門・法隆寺見どころ

法隆寺東大門

●法隆寺東大門は1904年(明治37年)2月18日に国の重要文化財、1952年(昭和27年)11月22日に国宝に指定されました。
●法隆寺東大門は奈良時代(710年~793年)に建立されました。法隆寺東大門はかつて鏡池の東側に南向きに建立されていたが、平安時代頃に現在の場所に移されたと言われています。法隆寺東大門は西院伽藍と東院伽藍の間に建立され、中ノ門とも言われています。
鏡池には第31代・用明天皇の皇子・聖徳太子(厩戸皇子)が自らの姿を映し、35~45歳の聖徳太子座像を描いたと言われる伝承が残されています。なお鏡池は西院伽藍に建立されている東室・聖霊院の南側にあります。
法隆寺は聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮(いかるがのみや)跡に建立された東院伽藍と西院伽藍に分けられます。東院伽藍には夢殿(国宝)・伝法堂(国宝)・絵殿及び舎利殿(重文)、西院伽藍には金堂(国宝)・五重塔(国宝)・経蔵(国宝)・鐘楼(国宝)・大講堂(国宝)などが建立されています。なお聖徳太子は日本最古の正史「日本書紀」によると601年(推古天皇9年)に聖徳太子が飛鳥から移ることを決意して斑鳩宮の造営に着手し、605年(推古天皇13年)に斑鳩宮に移り住んだと言われています。その後622年(推古天皇30年)に聖徳太子が亡くなり、その子・山背大兄王(やましろのおおえのおう)一族が住んでいたが、643年(皇極天皇2年)に蘇我入鹿(そがのいるか)が斑鳩宮を焼き払い、山背大兄王一族は自決に追い込まれたとも言われています。
●法隆寺東大門は三間一戸の八脚門で、切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。法隆寺東大門は築地塀とともに三棟造り(みつむねづくり)と言われています。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
法隆寺見どころ(西院伽藍)法隆寺見どころ(東院伽藍等)

ピックアップ記事

  1. 若草山
  2. 吉野山
ページ上部へ戻る