金峯山寺蔵王権現本地堂・金峯山寺見どころ(修学旅行・観光)

金峯山寺蔵王権現本地堂

●金峯山寺蔵王権現本地堂は役行者1,300年大遠忌を契機として、食堂(じきどう)跡に建立されました。蔵王権現本地堂には蔵王権現の本地である釈迦如来(しゃかにょらい)・千手観音(せんじゅかんのん)・弥勒菩薩(みろくぼさつ)の三尊像、役行者・前鬼(ぜんき)・後鬼(ごき)像が安置されています。
役行者は634年(舒明天皇6年)に父・大角(おおづぬ)と母・白専女(しらとうめ)の子として大和国葛城上郡茅原(奈良御所市茅原)で生まれたとも言われました。17歳で奈良・元興寺(がんごうじ)で孔雀明王(くじゃくみょうおう)の呪法(じゅほう)を学び、、葛城山(かつらぎさん)・熊野・大峰で山岳修行を続け、金峯山(きんぷさん)で金剛蔵王大権現(こんごうざおうごんげん)を感得し、日本古来の山岳信仰や外来の密教(仏教)などを融合させた修験道(しゅげんどう)の基礎を築きました。しかし弟子・韓国連広足(からくにのむらじひろたり)が役行者の能力を妬み、妖術(ようじゅつ)を使って人を惑わしていると朝廷に讒訴(ざんそ)し、699年(文武3年)に伊豆島に流罪になりました。701年(大宝元年)1月に大赦となって故郷・御所市茅原に戻り、6月7日に大阪・天上ヶ岳(てんじょうがたけ)で68歳で亡くなったと言われています。
蔵王権現は正式には金剛(こんごう)蔵王権現・金剛蔵王菩薩(こんごうざおうぼさつ)とも言われています。蔵王権現はインドに起源を持たず、日本独自の山岳仏教である修験道の本尊とされています。蔵王権現は修験道の祖とされる役行者が金峯山で修行中に示現したとも言われ、役行者が創建したと言われる金峯山寺の本尊として祀られています。蔵王権現は釈迦如来・千手観音・弥勒菩薩の三尊の合体したものともされています。また蔵王権現は大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)・国常立尊(くにのとこたちのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・金山毘古命(かなやまひこのみこと)などとも習合しています。
お釈迦さま(釈迦如来)は仏教の開祖です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。
千手観音は聖観音(しょうかんのん)・十一面観音(じゅういちめんかんのん)・馬頭観音(ばとうかんのん)・如意輪観音(にょいりんかんのん)・准胝観音(じゅんでいかんのん)または不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)とともに六観音の一尊に数えられています。千手観音は42の手を持ち、胸前で合掌(がっしょう)する2本の手を除き、40本の手がそれぞれ天上界から地獄までの25の世界を救うとされています。(40×25=1,000)なお観音菩薩は菩薩の一尊で、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)・救世菩薩(くせぼさつ)などとも言われています。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われています。
弥勒菩薩は菩薩の一尊です。弥勒菩薩は兜率天(とそつてん)の内院に住み、現在仏であるお釈迦さま(釈迦如来)の次に悟りの最高の位である仏陀(ぶつだ)になることが約束され、お釈迦さま入滅から56億7,000万年(5億7,600万年)後の未来に仏陀になり、この世に下って衆生を救済すると言われています。なお弥勒菩薩は天界での修行中を弥勒菩薩、未来仏は弥勒如来(弥勒仏)とも称します。
前鬼・後鬼は役行者に使えた弟子と言われています。前鬼・後鬼は夫婦の鬼で、前鬼が夫、後鬼が妻とされています。ちなみに前鬼・後鬼の5人の子は真義・義継・義上・義達・義元で、五鬼(ごき)・五坊(ごぼう)と言われています。
金峯山寺見どころ

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