金峯山寺見どころ-修学旅行・観光ポイントまとめ

金峯山寺見どころ

金峯山寺見どころ

金峯山寺見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。金峯山寺で見逃せない蔵王堂(国宝)と蔵王権現立像(重文)などを解説しています。金峯山寺有数の見どころである蔵王堂は豊臣秀吉の寄進によって再建され、厨子に3体の蔵王権現立像を安置しています。(金峯山寺見どころ下記参照)

【金峯山寺 歴史・簡単概要】
金峯山寺(きんぷせんじ)は起源が明確ではありません。金峯山寺は白鳳年間(7世紀後半)に大峰山寺(おおみねさんじ)とともに修験道(しゅげんどう)の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづの)が金峯山での修行中に感得した蔵王権現(ざおうごんげん)を自ら刻んで開祖したとも言われています。金峯山寺と大峰山寺は元来金峯山寺として蔵王権現像を祀り、金峯山寺は吉野山、大峰山寺が大峯山系(大峰山脈)の山上ヶ岳(約1,719.2メートル)の山頂にあることから金峯山寺の本堂は山下(さんげ)の蔵王堂、大峰山寺の本堂は山上の蔵王堂と言われていました。ちなみに大峰山寺と金峯山寺に分かれるのは近代以降のことだそうです。
奈良・金峯山寺(アクセス・・・)基本情報

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【金峯山寺-本堂・見どころ】 ★★★修学旅行
本堂(蔵王堂)は見逃せない国宝(1953年(昭和28年)11月14日指定)です。本堂は安土桃山時代の1592年(天正20年)頃に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の寄進によって再建されたと言われています。扉金具には「天正19年(1592年)」の銘が残されています。1916年(大正5年)から1924年(大正13年)に解体修理が行なわれ、1980年(昭和55年)から1984年(昭和59年)に屋根の葺き替えなどが行われました。なお本堂は檜皮葺(ひわだぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。一見二階建てのように見えるが、裳階(もこし)付きです。
(本堂・ポイントまとめ)
●本堂は桁行五間・梁間六間で、高さ約34メートル・四方約36メートルです。
●本堂は厨子(ずし)に秘仏である3体の蔵王権現立像(重要文化財)が本尊として安置しています。
●本堂はかつて白鳳年間(7世紀後半)に修験道の祖である役行者・役小角が建立し、その後奈良時代に行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が改修したとも言われています。
本堂(歴史概略・特徴・・・)

【金峯山寺-仁王門・見どころ】 ★★★修学旅行
仁王門は見逃せない国宝(1953年(昭和28年)11月14日指定)です。仁王門は軒先に吊るされていた風鐸(ふうたく)の銘から室町時代中期の1456年(康正2年)に再建されたと言われています。また仁王門は寺伝によると南北朝時代の1339年(延元3年)に南都大仏師・康成(こうじょう)が造仏した金剛力士像(重要文化財)を安置し、1339年(延元3年)頃に再建されたとも言われています。なお仁王門は三間一戸(さんげんいっこ)二重門(にじゅうもん)で、本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造です。
(仁王門・ポイントまとめ)
●仁王門は高さ約20.3メートルで、日本屈指の山門とも言われています。
●仁王門は東大寺(とうだいじ)に次ぎ、国内で2番目に大きい像高約5.1メートルの金剛力士像(仁王像)を安置しています。
仁王門(歴史概略・特徴・・・)

【金峯山寺-銅鳥居・見どころ】 ★★修学旅行
銅鳥居(かねのとりい)は見逃せない重要文化財(1942年(昭和17年)12月22日指定)です。銅鳥居は発心門(ほっしんもん)とも言われ、吉野から大峯山(おおみねさん)に続く修行道に建立された四門(発心門・修行門(しゅぎょうもん)・等覚門(とうかくもん)・妙覚門(みょうかくもん))の最初の門とされています。銅鳥居は南北朝時代の1348年(正平3年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の側近・高師直(こうのもろなお)の兵火で焼失し、室町時代中期(1393年~1466年)に再建されました。銅鳥居は銅製の明神鳥居(しんめいとりい)です。
(銅鳥居・ポイントまとめ)
●銅鳥居は高さ約7.5メートル・柱周り約3.3メートルです。
●銅鳥居には奈良時代に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)が東大寺(とうだいじ)に大仏を造立した際、その余銅で建立されたという伝説が残されています。

【金峯山寺-観音堂・見どころ】
観音堂は室町時代に本堂(蔵王堂)前に建立されました。観音堂は桟瓦葺(さんがわらぶき)の入母屋造です。
(観音堂・ポイントまとめ)
●観音堂は十一面観音(じゅういちめんかんのん)立像を本尊、阿難尊者(あなんそんじゃ)立像・迦葉尊者(かしょうそんじゃ)立像を脇侍(きょうじ)として安置しています。なお阿難尊者立像・迦葉尊者立像は明治維新後に廃寺になった世尊寺(せそんじ)に安置されていたと言われています。

【金峯山寺-愛染堂・見どころ】
愛染堂は江戸時代中期の1770年(明和7年)に経蔵として建立され、その後護摩堂に改められ、1983年(昭和58年)に本堂に安置されていた愛染明王(あいぞめにょうおう)が移され、愛染堂に改められました。
(愛染堂・ポイントまとめ)
●愛染堂は愛染明王を安置しています。なお愛染明王は明治維新後に廃寺になった安禅寺(あんぜんじ)に安置されていたと言われています。

【金峯山寺-威徳天満宮・見どころ】
威徳天満宮(いとくてんまんぐう)は社伝によると平安時代中期の959年(天徳3年)9月5日に日蔵上人(にちぞうしょうにん)が祀り、日本最古の天満宮とも言われています。桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が改修しました。1998年(平成10年)の台風7号で被害を受けたが、2001年(平成13年)に社殿が修復されました。
(威徳天満宮・ポイントまとめ)
●日蔵上人が大峯山中の笙の窟(しょうのいわや)で修行していると急に仮死状態になって間魔宮へ行き、第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)に出会いました。醍醐天皇は菅原道真(すがわらのみちざね)を左遷し、その罪に苦しみ、日蔵上人に生き返って菅原道真の霊を祀ってほしい、そうすると苦しみから救われると告げました。日蔵上人はこの世に黄泉がえり、修行を終えると吉野山に戻り、菅原道真を祀ったと言われています。

【金峯山寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・奈良・金峯山寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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