宇太水分神社末社・宇太水分神社見どころ(修学旅行・観光)

宇太水分神社末社

●宇太水分神社末社(春日神社・宗像神社)は1954年(昭和29年)3月20日に国の重要文化財に指定されました。
●宇太水分神社春日神社は室町時代中期(1393年~1466年)に建立されました。春日神社は天児屋根命 (あめのこやねのみこと)を祀っています。春日神社は一間社(いっけんしゃ)隅木入(すみぎいり)春日造(かすがづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
天児屋根命は日本最古の歴史書「古事記(こじき)・712年(和銅5年)編纂」に「天児屋命」、日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」に「天児屋根命」と記されています。天児屋根命は天照大神(あまてらすおおみかみ)の岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞(のりと)を唱え、天照大神が岩戸を少し開くと布刀玉命(あめのふとだまのみこと)とともに鏡を差し出しました。また瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の天孫降臨(てんそんこうりん)の際、天太玉命(あめのふとたまのみこと)・天鈿女命(あまのうずめのみこと)・石凝姥命(いしこりどめのみこと)・玉祖命(たまのおやのみこと)とともに五伴緒神(いつとものおのかみ)として随従しました。天児屋根命は代々神祇官(じんぎかん)・伊勢神官など神事・祭祀職を世襲し、藤原姓を賜った中臣氏(なかとみ)氏の祖先神とされています。なお天児屋根命は武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのおおみこと)・比売神(ひめがみ)とともに春日大社の祭神として祀られ、春日権現(かすがごんげん)・春日大明神(かすがだいみょうじん)などとも言われています。
春日造は切妻造(きりづまづくり)の妻入(つまいり)で、正面に庇(ひさし)である階隠(はしかくし)を設け、屋根上(棟)に置き千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)が付けられています。春日造は仏教建築の影響を受け、奈良時代中期に現れたとも言われています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
●宇太水分神社宗像神社は室町時代後期(1467年~1572年)に建立されました。宗像神社は市杵島比売命 (いちきしまひめのみこと)を祀っています。宗像神社は一間社流造(ながれづくり)の檜皮葺です。
市杵島比売命は日本最古の歴史書「古事記(こじき)・712年(和銅5年)編纂」に「市寸島比売命」、日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」に「市杵嶋姫命」と記されています。「イチキ」には神霊を斎き祀る(心身を清めて神に仕えること)巫女(みこ)という意味があります。市杵島比売命は美人の誉れが高く、神仏習合(しんぶつしゅうごう)の本地垂迹(ほんじすいじゃく)では七福神のひとつである弁財天(べんざいてん)として信仰され、美貌の女神・吉祥天(きっしょうてん)とも習合して、財福・芸能・美貌の神としても信仰されました。なお市杵島比売命は多岐津比売命(たぎつひめのみこと)・多紀理比売命(たきりびめのみこと)とともに宗像三女神(むなかたさんじょしん)と称されています。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
宇太水分神社

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