東大寺見所ランキング-修学旅行・観光必見

東大寺

東大寺見所ランキング

東大寺見所ランキングを紹介。東大寺見所ランキングは1位が奈良の大仏さんと言われる盧舎那仏坐像、2位が世界最大級の木造建築物とも言われ大仏殿、3位が奈良時代中期の752年(天平勝宝4年)から一度も途切れることなくお水取り(修二会)が行われている二月堂です。(東大寺見所ランキング下記参照)

東大寺見どころ一覧

【東大寺 歴史・簡単解説】
東大寺とは728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した皇太子・基皇子の菩提を追修する為、東大寺初代別当・良弁僧正ら9人の智行僧を住まわせた若草山の山房を起源とする金鍾山寺(金鍾寺)が起源と言われています。741年(天平13年)に国分寺(金光明寺)・国分尼寺(法華寺)建立の詔が発せられると翌742年(天平14年)に大和国分寺になり、名称を大和金光明寺に改められました。その後743年(天平15年)に聖武天皇が大仏造立の詔を発し、当初滋賀甲賀市信楽町の紫香楽宮で大仏の造立が開始されたが、745年(天平17年)に都が平城京に戻ると東大寺で大仏の造立が開始され、752年(天平勝宝4年)にインド出身の僧・菩提僊那を導師として大仏開眼供養会が行われ、758年(天平宝字2年)に大仏殿が完成しました。
奈良世界遺産・東大寺基本情報

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【東大寺1位 盧舎那仏坐像・見所解説】
ランキング1位は奈良の大仏とも言われる盧舎那仏盧舎那仏坐像(国宝)です。盧舎那仏坐像は大仏殿内に祀られていることから大仏殿内に入って拝観します。ただ大晦日(12月31日)から元旦(1月1日)と8月15日の万灯供養会(まんとうくようえ)の夜には大仏殿の観相窓(桟唐戸)が開かれ、盧舎那仏坐像の顔を外から拝観することができます。ちなみに1月1日の0:00~8:00と8月13日・14日19:00~21:00は無料で拝観することができます。(要確認)盧舎那仏坐像は距離を変えて、遠くから拝観したり、近づいて拝観したりするのがおすすめです。近づくと盧舎那仏坐像の像高約14.98メートル・両膝の幅約12.08メートル、そして蓮華座高約3メートルを実感できます。ちなみに顔は長さ約6.70メートル・幅約3.20メートル、そして右手の掌は長さ約2.56メートルです。なお盧舎那仏坐像は8月7日7:00から大仏さまお身拭いが行われ、埃が払われた姿を拝観することができます。
(盧舎那仏坐像・ポイントまとめ)
●盧舎那仏坐像は745年(天平17年)8月23日から鋳造が開始され、752年(天平勝宝4年)4月9日に大仏開眼供養会が行われました。しかし1180年(治承4年)の平重衡による南都焼討で台座・下半身などの一部を残して焼失しました。その後再鋳造され、1185年(文治元年)に開眼供養が行われました。ただ1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦(東大寺大仏殿の戦い)で再び焼失しました。1690年(元禄3年)に頭部が再々鋳造され、1692年(元禄5年)に開眼供養が行われました。なお盧舎那仏坐像は台座・袖(そで)などが当初のものだが、体の大部分が室町時代末期(戦国時代)、頭部が江戸時代に鋳造されました。
●盧舎那仏坐像は頭のブツブツを螺髪(らほつ)と言います。最初に鋳造された盧舎那仏坐像には966個あったが、江戸時代中期に再々鋳造された現在の盧舎那仏坐像には492個あります。最初の螺髪は749年(天平勝宝元年)12月に鋳造が開始され、751年(天平勝宝3年)6月に完成しました。なお現在の螺髪は渦巻き状の形をしており、直径約22センチ・高さ約21センチ・重さ約1.2キロあります。
盧舎那仏坐像見所(歴史概略・・・)

【東大寺2位 大仏殿・見所解説】
ランキング2位は大仏殿(国宝)です。大仏殿は正面幅約57.5メートル・奥行き約50.5メートル・棟高約49.1メートルで、世界最大級の木造建築物とも言われています。大仏殿はその大きさから東大寺周辺からも一部を見ることができます。大仏殿は盧舎那仏坐像を拝観する際に近付いて拝観するのがおすすめです。近付くとその大きさを実感することができます。ちなみに大仏殿は一見二階建てに見えるが、屋根の下にもう一つの屋根である裳階(もこし)が付けられています。大仏殿の柱総数60本の内、北東の柱には盧舎那仏坐像の鼻の穴と同じ大きさと言われる穴(縦約37センチ・横約30センチ)があり、柱の穴くぐるとその年に良いことがあるとも、頭が良くなるなどとも言われています。また無病息災・祈願成就のご利益があるとも言われています。なお大仏殿の柱は江戸時代の再々建時に調達できず、柱は12角形の1本の真柱(槻(つき))を12本の捌木(檜板)で寄せ合わせ、ニカワ(接着剤)で接着し、鉄の胴輪で締め付け、鉄釘(犬釘)が打ち込まれています。
(大仏殿・ポイントまとめ)
●大仏殿は747年(天平19年)から建立が開始され、751年(天平勝宝3年)に完成し、771年(宝亀2年)12月に副柱44本で補強されました。しかし1180年(治承4年)の平重衡による南都焼討で焼失しました。その後1190年(建久元年)に再建され、1195年(建久6年)に落慶法要が行われ、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝らが参列しました。ただ1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦(東大寺大仏殿の戦い)でも再び焼失しました。1684年(貞享元年)から再々建の勧進活動が開始され、1705年(宝永2年)に落慶しました。重さ約3,020トンの屋根を支える2本の虹梁(こうりょう)は1704年(宝永元年)に宮崎・白鳥神社から東大寺まで9ヶ月を掛けて陸路・海路で運搬されました。ちなみに盧舎那仏坐像は約120年間雨ざらしにされていたそうです。なお1879年(明治12年)~1915年(大正4年)と1973年(昭和48年)~1980年(昭和55年)に修理が行われました。
●創建時の大仏殿は「東大寺要録」の「大仏殿碑文」によると正面幅29丈(約85.8メートル)・奥行き17丈(約50.3メートル)・棟高12丈6尺(約37メートル)だったそうです。
大仏殿見所(歴史概略・・・)

【東大寺3位 二月堂・見所解説】
ランキング3位は二月堂(国宝)です。二月堂は大仏殿・盧舎那仏坐像と異なり、24時間無料で拝観することができます。ただ夜間は特に騒がないように呼び掛けられています。二月堂は大仏殿東側の丘陵地に建立され、拝観する際に下から二月堂を見上げることができるが、二月堂の舞台から西側を眺めるのがおすすめです。舞台からは大仏殿・興福寺の五重塔や奈良市内・奈良盆地、そして生駒山などを眺めるのおすすめです。ちなみに二月堂からは夕景が特に美しいと言われています。お帰りの際には足元に注意しましょう。神鹿の落とし物に注意。なお二月堂には参籠所(重要文化財)・閼伽井屋(重要文化財)・仏餉屋(重要文化財)・湯屋が付属し、興成社(こうじょうしゃ)・遠敷社(おにゅうしゃ)・飯道社(いいみちしゃ)の鎮守社があり、それらも一緒に拝観するのがおすすめです。
(二月堂・ポイントまとめ)
●二月堂は752年(天平勝宝4年)頃に建立され、1180年(治承4年)の平重衡による南都焼討や1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦(東大寺大仏殿の戦い)では焼失を免れました。しかし1667年(寛文7年)のお水取り中に失火で焼失し、1669年(寛文9年)に再建されました。
●二月堂では752年(天平勝宝4年)から実忠和尚(じっちゅうかしょう)がお水取り(修二会)を始め、その後一度も途切れることなく千2百年以上続けられています。お水取りは奈良に本格的な春の訪れを告げる行事とも言われています。
二月堂見所(歴史概略・・・)

【東大寺番外 南大門・見所解説】
ランキング番外は南大門(国宝)です。南大門は大仏殿(国宝)に通じる参道に建立されている正門です。南大門は高さ約25.46メートルの五間三戸(ごけんさんこ)の二重門(にじゅうもん)で、国内最大の山門とも言われ、遠くからでもその大きさが分かります。また近付くとその大きさ・高さがより分かります。南大門には長さ約21メートルの大円柱が18本も使われ、下層は天井がなく腰屋根(こしやね)構造になっており、上層と下層の間に高さ約1.65メートル・横幅約4.5メートル・重さ約500キロの扁額「大華厳寺」が掛けられています。ちなみに「大華厳寺」の文字は第45代・聖武天皇の写経から集字されました。南大門には像高約8.4メートルの仁王像2体が安置され、仁王像2体もじっくり拝観しましょう。仁王像2体は大仏師・運慶(うんけい)が嫡男の湛慶(たんけい)・快慶(かいけい)・定覚(じょうがく)など約20人の仏師を率いて、69日間で2体同時に造仏したと言われています。ちなみに仁王像2体の内、南大門の向かって左側の口を開いた阿形(あぎょう)像は運慶、右側の口を閉じた吽形(うんぎょう)像は快慶が中心になって造仏したと言われています。
(南大門・ポイントまとめ)
●南大門は鎌倉時代前期の1199年(正治元年)に俊乗房重源が再建し、1203年(建仁3年)に仁王(におう)像が完成したと言われています。南大門はかつて奈良時代の創建時に建立されたが、平安時代中期の962年(応和2年)の台風で倒壊しました。
南大門見所(歴史概略・・・)

【東大寺見所ランキング 備考】
*参考・・・奈良世界遺産・東大寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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