西大寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

西大寺

西大寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説

西大寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには善慶が造仏した本尊・釈迦如来を祀る本堂(重要文化財)、愛染明王を祀る愛染堂(県指定有形文化財)、不動明王を祀る護摩堂(市指定文化財)などがあります。また四王堂・大黒堂等も見逃せません。

【本尊・釈迦如来を祀る本堂(重要文化財)の見どころ解説】

★本堂は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。本堂は本尊で、1249年(建長元年)に仏師・善慶が造仏した釈迦如来(しゃかにょらい)立像(重要文化財)を安置しています。また文殊菩薩騎獅(もんじゅぼさつきし)像並びに四侍者像・弥勒菩薩(みろくぼさつ)坐像・弘法大師(こうぼうだいし)坐像・興正菩薩(こうしょうぼさつ)坐像・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)立像なども安置しています。
★本堂の歴史は1798年(寛政10年)頃に建立が開始され、1808年(文化5年)頃に完成しました。かつての本堂は室町時代(1336年~1573年)の焼失後に再建されたが、損傷した為に修理ではなく、新築されました。なお本堂は元々、鎌倉時代(1185年~1333年)に東塔北側に建立されていた光明真言堂(こんみょうしんごんどう)の後身です。
★本堂の建築様式は屋根が寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。堂内は内陣と東西南三方の外陣に分られ、内陣北の中央に須弥壇(しゅみだん)、東西に脇壇(わきだん)があります。
★本尊・釈迦如来立像は京都・清凉寺(せいりょうじ・嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう))の本尊である三国伝来の釈迦如来像(国宝)の模刻です。

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【愛染明王を祀る愛染堂(県指定有形文化財)の見どころ解説】

★愛染堂は本堂に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。愛染堂は本尊で、1247年(宝治2年)に仏師・善円が造仏した愛染明王(あいぞめみょうおう)坐像(重要文化財)を安置しています。また西大寺中興の祖・興正菩薩寿(こうしょうぼさつ)像(国宝)も安置しています。
★愛染堂の歴史は京都・近衛家(このえけ)の政所御殿として建てられ、近衛家から寄進され、1767年(明和4年)に興正菩薩叡尊上人の住房であった西室(にしむろ)跡に移築して建立されました。
★愛染堂の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。愛染堂は北側の客殿・中央の内陣・南側の御霊屋(おたまや)に分かれ、客殿に障壁画・襖絵があり、内陣の中央に須弥壇があり、御霊屋に歴代先師尊霊の位牌(いはい)を祀っています。
★興正菩薩寿像は興正菩薩叡尊上人80歳の肖像で、仏師・善春が造立しました。

【不動明王を祀る護摩堂(市指定文化財)の見どころ解説】

★護摩堂は修学旅行・観光で見逃せません。護摩堂(不動堂)は宝山湛海が造仏した不動明王(ふどうみょうおう)像を安置しています。護摩堂では毎月28日に護摩祈願が行われています。
★護摩堂(不動堂)の歴史は1643年(寛永20年)に再建されました。護摩堂は元々、愛染堂南側に建立されていたが、1979年(昭和54年)に現在の場所に移築されました。
★護摩堂(不動堂)の建築様式は方三間で、屋根が寄棟造です。

【四天王・十一面観音を祀る四王堂の見どころ解説】

★四王堂(観音堂)は四天王(してんのう)立像(重要文化財)を安置しています。また十一面観音(じゅういちめんかんのん)立像(重要文化財)も安置しています。
★四王堂(観音堂)の歴史は1674年(延宝2年)に再建されました。
★四王堂(観音堂)の建築様式は屋根が寄棟造で、二階建てに見える一重もこし付きです。
★四天王像は元々、孝謙上皇(第46代・孝謙天皇(こうけんてんのう))発願・造仏した四天王像だが、現在は足下の邪鬼(じゃき)のみが奈良時代(710年~794年)に制作されたものになっています。持国天(じこくてん)像・増長天(ぞうちょうてん)像・広目天(こうもくてん)像が鎌倉時代(1185年~1333年)の銅造、多聞天(たもくてん)像が室町時代(1336年~1573年)の木造です。
★1289年(正安2年)に亀山上皇(第90代・亀山天皇(かめやまてんのう))の院宣により、鳥羽上皇(第74代・鳥羽天皇(とばてんのう))の御願寺であった京都白河の十一面堂院の本尊・十一面観音立像が客仏本尊として移され、観音堂とも言われています。

【塔頭・三光院の本堂だった大黒堂の見どころ解説】

★大黒堂は1504年(永正元年)に海龍王寺沙弥仙算・木寄番匠奈良宿院七郎太郎が造仏した大黒天半跏(だいこくてんはんか)像を安置しています。
★大黒堂の歴史は江戸時代(1603年~1868年)に建立されました。大黒堂は元々、明治時代(1868年~1912年)に廃寺になった塔頭(たっちゅう)・三光院の本堂だったと言われています。その後愛染堂北東に移築されました。
★大黒堂の建築様式は屋根が切妻造(きりづまづくり)です。

【川西市の多田院から移築された鐘楼(市指定文化財)の見どころ解説】

★鐘楼は毎年大晦日に除夜の鐘(梵鐘(ぼんしょう))が撞かれます。
★鐘楼の歴史は江戸時代(1603年~1868年)に兵庫県川西市の多田院に建立されました。多田院は鎌倉時代(1185年~1333年)に興正菩薩叡尊上人の弟子・忍性(にんしょう)が再興すると西大寺の末寺になり、明治時代(1868年~1912年)の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって廃寺になり、明治時代初期に鐘楼が西大寺に移築されて建立されました。
★鐘楼の建築様式は屋根が入母屋造です。
★多田院は清和源氏の発祥の地として、源氏五公を祀る多田神社になっています。

【豊心丹ゆかりの石落神社(市指定有形文化財)の見どころ解説】

★石落神社(いしらくじんじゃ)は道を隔て、東門前に祀られています。石落神社は3月の初午厄除祈願(はつうまきがんさい)の際に石落神(いしらくのかみ)を勧請して祈願を行います。
★石落神社の歴史は室町時代(1336年~1573年)に再建されました。なお石落神社は1242年(仁治3年)に興正菩薩叡尊上人が三輪から少彦名命(すくなひこなのみこと)を勧請して祀ったと言われています。
★石落神社の建築様式は一間社春日造(かすがづくり)で、屋根が檜皮葺(ひわだづくり)です。
★日本最古の売薬として著名な豊心丹は石落神が授与した秘薬が由来によって創薬された漢方薬です。

【1502年(文亀2年)に焼失した東塔跡の見どころ解説】

★東塔跡は本堂前にあり、基壇と礎石が残されています。
★東塔の歴史は西塔とともに奈良時代(710年~794年)に創建され、928年(延長6年)に東塔または西塔が雷火によって焼失したと言われています。その後平安時代(794年~1185年)末期に東塔が再建され、鎌倉時代(1185年~1333年)に塔供養が行われたが、1502年(文亀2年)に再び火災によって焼失しました。
★東塔・西塔は当初、八角七重塔として設計されたが、奈良時代(710年~794年)末期の財政問題により、四角五重塔に変更されて創建されました。

【西大寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・西大寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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