西大寺初観音供2020/1/18(日程時間・・・)

西大寺初観音供

西大寺初観音供(日程・時間・・・)を紹介しています。初観音供は毎年1月18日に行われています。初観音供(はつかんのんく)では1年最初の観音さまの縁日に午前中に講話、午後から四王堂で護摩祈願が行われます。ちなみに四王堂には平安時代後期に造仏された十一面観音立像(重要文化財)が安置されています。観音さまは菩薩の一尊です。(詳細下記参照)

【西大寺初観音供2020 日程時間(要確認)】
西大寺初観音供2020は2020年(令和2年)1月18日(土曜日)に行われます。

【西大寺初観音供 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市西大寺芝町1-1-5
最寄り駅・バス停・・・大和西大寺駅(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

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【西大寺初観音供 歴史・簡単概要】
西大寺初観音供(はつかんのんく)では1年最初の観音さまの縁日に午前中に講話、午後から四王堂で護摩祈願が行われます。ちなみに四王堂には平安時代後期に造仏された十一面観音立像(重要文化財)が安置されています。
観音さまは菩薩の一尊です。観音さまは世間の人々の声を聞き、人々の求めに応じて救いの手を差し伸べる慈悲深い菩薩とされ、救世菩薩(くせぼさつ・ぐせぼさつ)とも言われています。また観音さまは観音経(かんのんぎょう)では三十三種に姿に変えるとされています。ちなみに観音さまは勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍とされています。なお観音さまは観音菩薩(かんのんぼさつ)・観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)・施無畏菩薩(せむいぼさつ)などとも言われます。
護摩はインドで成立したバラモン教の宗教儀礼が起源とされ、その後仏教に取り入れられたそうです。護摩は仏教(密教)とともに中国を経て日本に伝わり、主に真言宗・天台宗などで行われています。護摩には護摩壇に火を点けて護摩木を焚いて祈願する外護摩と心の中の煩悩などを心の火で焼き払う内護摩などがあるそうです。ちなみに屋外で行う採灯大護摩供(さいとうおおごまく・大柴燈護摩供(だいさいとうごまく))の起源は真言宗の開祖である弘法大師・空海の孫弟子である理源大師(りげんだいし)・聖宝(しょうぼう)とも言われています。
四王堂は1674年(延宝2年)に再建されました。なお四王堂には十一面観音立像だけでなく、いずれも鎌倉時代に造仏された銅造持国天像・銅造増長天像・銅造広目天像、室町時代に造仏された木造多聞天像も安置されています。

【西大寺 歴史・簡単概要】
西大寺(さいだいじ)は764年(天平宝字8年)孝謙上皇(第46代・孝謙天皇)が藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱の鎮圧を祈願する為、鎮護国家の守護神とされる四天王像の造仏を誓願し、翌765年(天平神護元年)に第48代・称徳天皇となった孝謙上皇が四天王像を造仏したのが起源とも言われています。その後称徳天皇(孝謙上皇)の勅願により、称徳天皇の父で、第45代・聖武天皇が平城京の東に東大寺を創建したように平城京の西に僧・常騰を開山として、西大寺が創建されました。ちなみに鎮護国家の為に四天王像を祀るのは金光明最勝王経に基づくものと言われています。ただ794年(延暦13年)の平安京遷都後には災害に見舞われたし、平安時代中期以降に衰退し、1235(文暦2年)に入住した興正菩薩叡尊上人(こうしょうぼさつえいそんしょうにん)が再興しました。しかし1502年(文亀2年)の兵火によって伽藍の多くを焼失し、江戸時代に幕府から寄進によって再建されました。なお1895年(明治28年)に真言宗から独立し、真言律宗を開祖しました。
西大寺は真言律宗の総本山です。
*参考・・・西大寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ西大寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【西大寺初観音供 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
西大寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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