薬師寺慈恩会2024年11月13日(日程時間・・・)
薬師寺慈恩会
薬師寺慈恩会(日程・・・)を紹介しています。慈恩会は隔年で11月13日に行われています。慈恩会では中国・唐代きっての学僧で、法相宗の宗祖である慈恩大師・窺基(きき・基(き))の遺徳・学徳を偲びます。慈恩会は僧侶が問答を重ねる番論義などを行い、仏説の真意を明らかにする論義法要です。(詳細下記参照)
【薬師寺慈恩会2024 日程時間(要確認)】
薬師寺慈恩会2024は2024年(令和6年)11月13日(水曜日)19:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・薬師寺ホームページ
【薬師寺慈恩会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市西ノ京町457
最寄り駅・バス停・・・西ノ京駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
【薬師寺慈恩会 歴史・簡単概要】
薬師寺慈恩会(じおんね)は現在薬師寺と法相宗の大本山・興福寺(こうふくじ)が1年交代で行っています。慈恩会は西暦偶数年に薬師寺、西暦奇数年に興福寺で行われます。ちなみに薬師寺の慈恩会では1061年(康平4年)から使われていると言われる寺宝・慈恩大師坐像絹本画像(国宝)を懸けて行います。なお興福寺の慈恩会は951年(天暦5年)に興福寺第14世別当・空晴(こうじょう)が始めました。
慈恩会では中国・唐代きっての学僧で、法相宗の宗祖である慈恩大師・窺基(きき・基(き))の遺徳・学徳を偲びます。慈恩会は僧侶が問答を重ねる番論義などを行い、仏説の真意を明らかにする論義法要です。ちなみに慈恩会はかつて数日間行われ、慈恩会に参加しないと三会と称された興福寺の維摩会(ゆいまえ)・薬師寺の最勝会(さいしょうえ)・宮中の御斎会(ごさいえ)に参加できなかったそうです。なお慈恩会では数年に一度、法相宗の僧侶に認められる為の堅義(りゅうぎ)という口答試験が行われることがあります。堅義は981年(天元4年)に始まったとも言われています。
慈恩大師・窺基は632年に唐の功臣で、父・尉遅敬徳と母・裴氏との間に生まれ、17歳で出家し、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)に師事して、玄奘三蔵が645年にインドから持ち帰った経典の翻訳に参加し、659年には訳した成唯識論を注釈し、成唯識論述記・成唯識論掌中枢要を記しました。なお慈恩大師は法苑義林章・成唯識論述記を記し、法相宗の宗義が形成されたと言われています。
●薬師寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
薬師寺歴史
●薬師寺の見どころ(東塔・東院堂など)を紹介しています。
薬師寺見どころ
【薬師寺 歴史・簡単概要】
薬師寺(やくしじ)は680年(天武天皇9年)に第40代・天武天皇が皇后・鵜野讃良(うののさらら・持統天皇)の病気平癒を祈願する為に発願し、藤原京右京八条三坊に創建されました。710年(和銅3年)の平城京遷都後に現在の場所である西ノ京に移されたと言われています。ちなみに当初の薬師寺では688年(持統天皇2年)に無遮大会(かぎりなきおがみ)が行われ、698年(文武天皇2年)には伽藍がほぼ完成したと言われています。その後薬師寺は973年(天禄4年)の火災や1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火により、多くの伽藍を焼失し、創建当初の建物は東塔だけになりました。なお薬師寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
薬師寺は法相宗の大本山です。
*参考・・・奈良世界遺産・薬師寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【薬師寺慈恩会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
奈良世界遺産・薬師寺(アクセス・見どころ・・・)情報