喜光寺行基会大祭2021/3/2(日程・時間・・・)

行基会大祭

喜光寺行基会大祭

喜光寺行基会大祭(日程・時間・・・)を紹介しています。行基会大祭は毎年3月2日に行われています。行基会大祭は行基の命日に遺徳を偲びます。なお行基会大祭では行基が山岳修行を行ったと言われることに因んで、山伏による柴燈大護摩会(さいとうおおごまえ)と火渡りが行われます。なお中風除けやガン封じの祈祷・法話も行われます。(詳細下記参照)

【喜光寺行基会大祭2021 日程時間(要確認)】
喜光寺行基会大祭2021は2021年(令和3年)3月2日(火曜日)9:00から行われます。なお10:00から行基菩薩ご遠忌法要、13:00から住職記念法話、14:30から柴燈大護摩供養・火生三昧が行われます。

【喜光寺行基会大祭 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市菅原町508
最寄り駅・バス停・・・尼ヶ辻駅(徒歩約13分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【喜光寺行基会大祭 歴史・簡単概要】
喜光寺行基会大祭(ぎょうきえたいさい)は行基の命日に行基の遺徳を偲びます。行基は晩年喜光寺に住し、749年(天平勝宝元年)旧暦の2月2日に弟子に看取られ、82歳で亡くなったとも言われています。
行基会大祭では先ず法要が行われます。その後行基が山岳修行を行ったと言われることに因んで、山伏による柴燈大護摩会(さいとうおおごまえ)と火渡りが行われます。火渡りには一年間健康に過ごせるというご利益があるとも言われています。なお行基会大祭では中風除けやガン封じの祈祷・法話も行われます。またぜんざいの接待も行われます。(要確認)
行基は668年(天智天皇7年)に父・高志才智(こしのさいち)と母・蜂田古爾比売(はちたのこにひめ)の間に生まれ、682年(天武11年)に15歳で出家し、法相宗初伝の道昭(どうしょう)や法相宗の祖・義淵らに法相宗を学び、民衆に仏法の教えを説き、寺院や道場を創建するだけでなく、困窮者の為に布施屋の設立などの社会事業も行い、738年(天平10年)に行基大徳の称号が授与され、745年(天平17年)には日本初の大僧正位を授与されました。

【喜光寺 歴史・簡単概要】
喜光寺(きこうじ)・菅原寺(すがわらでら)は721年(養老5年)僧・行基(ぎょうき・ぎょうぎ)が創建したと言われています。「行基年譜(1175年(安元元年))」によると行基が721年(養老5年)に寺史乙丸から住居を寄進され、翌722年(養老6年)に寺に改めたと言われています。ちなみに行基は東大寺(とうだいじ)の大仏殿を建立する際、喜光寺の本堂を参考にしたとも言われ、本堂は「試みの大仏殿」と言われています。ちなみに行基、第45代・聖武天皇、東大寺別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)、インド出身の僧・菩提僊那(ぼだいせんな)は大仏建立に尽力したことから東大寺では「四聖(ししょう)」としているそうです。喜光寺は「菅原寺記文遺戒状」によると715年(霊亀元年)第43代・元明天皇の勅願によって創建されたとも言われています。749年(天平21年)行基が喜光寺で亡くなり、遺命によって生駒山の東陵で火葬され、竹林寺(ちくりんじ)に埋葬されたと言われています。その後中世に興福寺(こうふくじ)・一乗院(いちじょういん)に属しました。戦国時代に兵火によって伽藍の多くを焼失したが、間もなく再建されたと言われています。なお喜光寺は菅原邑(すがわらむら)が菅原氏の治領だったことから菅原寺とも言われています。
喜光寺は法相宗の寺院で、薬師寺の別格本山です。
*参考・・・喜光寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ喜光寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【喜光寺行基会大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
喜光寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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