良玄禅寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
良玄禅寺
良玄禅寺(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。良玄禅寺の開基・本多政勝は1614年(慶長19年)に本多忠朝の次男として生まれたが、1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で父が戦死しました。その後従兄・本多政朝が家督を継ぐが、本多政朝が亡くなると本多政勝が家督を継ぎました。
【良玄禅寺 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県大和郡山市茶町11
最寄り駅・バス停・・・JR郡山駅(徒歩約6分)
アクセス路線は次の通りです。
*JR大和路線
*近鉄橿原線の場合、近鉄郡山駅(徒歩約15分)
路線・時刻表・運賃チェック
【良玄禅寺 拝観時間・時間(要確認)】
自由
【良玄禅寺 拝観料金・料金(要確認)】
無料
【良玄禅寺 歴史・簡単概要】
良玄禅寺(りょうげんぜんじ)・瑞龍山良玄禅寺は奈良県大和郡山市茶町にあります。良玄禅寺は江戸時代(1603年~1868年)前期の1639年(寛永16年)4月に本多政勝(ほんだまさかつ)が姫路藩から郡山藩に移封された際、上総国大多喜(千葉県夷隅郡)にあった祖父・本多忠勝(ほんだ ただかつ)、父・本多忠朝(ほんだ ただとも)の菩提寺だった良玄寺を移したのが起源です。ちなみに上総国大多喜の良玄寺は徳川四天王に数えられた本多忠勝が創建しました。本多政勝は1671年(寛文11年)10月に江戸柳原屋敷で亡くなり、遺言によって遺骸が江戸から郡山に移送されることになり、11月3日に江戸を出発したが、箱根で手形がないと阻まれ、小田原城主の計らいで通行を認められ、17日に郡山に着き、翌18日に良玄寺で火葬されました。本多政勝の死後に跡目争いが起き、1685年(貞享2年)に本多忠平(ほんだ ただひら)が郡山藩に入り、下野国宇都宮(栃木県宇都宮市)から菩提寺の雲幻寺(うんげんじ)を移して良玄寺に代えました。1964年(昭和39年)に本堂の裏庭から本多政勝らの墓碑が発見され、「寛政重修諾家譜」に記されている「郡山の良玄寺において火葬云々」と符合し、寺院の由来が確認された為、寺号が雲幻寺から良玄寺に改められました。なお良玄禅寺は本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)像を祀っています。
良玄禅寺は臨済宗妙心寺の寺院です。
*参考・・・良玄禅寺(アクセス・見どころ・・・)
【良玄禅寺 見どころ・文化財】
良玄禅寺の見どころは芭蕉句碑(時雨塚)「けふ斗 人もとしよれ 初時雨(きょうばかり ひともとしよれ はつしぐれ)」です。芭蕉句碑(時雨塚)は1810年(文化7年)に柳澤保光(やなぎさわやすみつ)らによって建立されました。
【良玄禅寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0743-52-2010(大和郡山市観光協会)
【良玄禅寺 おすすめ散策ルート】
良玄禅寺では西側に位置する大和大納言・豊臣秀長の菩提寺である春岳院を散策するのがおすすめです。更に足を西側に伸ばし、郡山城跡まで散策するのもいいかもしれません。
【良玄禅寺 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車場なし。












