東大寺仏名会2025年12月14日(三如来と掛け軸)
東大寺仏名会
東大寺仏名会(日程・・・)を紹介しています。仏名会は例年12月14日に行われています。仏名会では薬師如来(過去)・釈迦如来(現在)・阿弥陀如来(未来)の三如来と各1千の仏像が描かれた掛け軸3本を掲げ、過去・現在・未来のいずれかに僧侶が礼拝を行います。過去・現在・未来を巡るには3年掛かります。以前は一夜または三夜で行ったそうです。(詳細下記参照)
【東大寺仏名会2025 日程時間(要確認)】
東大寺仏名会2025は2025年(令和7年)12月14日(日曜日)8:30~12:00頃に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・東大寺ホームページ
【東大寺仏名会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市雑司町406-1
最寄り駅・バス停・・・東大寺大仏殿・春日大社前(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅から市内循環バス
*近鉄奈良駅(徒歩約20分)
路線・時刻表・運賃チェック
【東大寺仏名会 歴史・簡単概要】
東大寺仏名会(ぶつみょうえ)は奈良時代に旧暦の12月15日、宮中・清涼殿で仏名を唱えた法会が起源とも言われています。平安時代に宮中恒例の仏事になり、その後寺院でも行われるようになったと言われています。東大寺でも行われていたが、その後途絶え、大正時代に再興されました。なお仏名会では過去・現在・未来の仏名を唱え、その年に犯した罪障を懺悔し、滅罪生善を祈願しました。
仏名会では薬師如来(過去)・釈迦如来(現在)・阿弥陀如来(未来)の三如来と各1千の仏像が描かれた掛け軸3本を掲げ、過去・現在・未来のいずれかに僧侶が礼拝を行います。過去・現在・未来を巡るには合計3年掛かります。ちなみにかつては一夜または三夜で行っていたそうです。
仏名会では仏名経(三劫三千諸仏名経)に基づき、旧暦の12月15日から3日3晩に渡り、宮中・清涼殿(せいりょうでん)で過去・現在・未来の三千仏名を唱え、その年に犯した罪障を懺悔し、国家の安泰・皇室の安寧などを祈願しました。仏名会は764年(天平宝字8年)以前から行われ、838年(承和5年)からは奈良・元興寺(がんごうじ)の僧・静安の発願で宮中恒例の仏事になり、その後寺院でも行われるようになったと言われています。ちなみに仏名会は御仏名(おぶつみょう)・仏名・仏名懺悔とも言われています。なお仏名経(12巻) には11,093の仏・菩薩の名前が列挙されているそうです。
●東大寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
東大寺歴史
●東大寺の見どころ(大仏・大仏殿など)を紹介しています。
東大寺見どころ
【東大寺 歴史・簡単概要】
東大寺(とうだいじ)・金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)は728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した皇太子・基皇子(もといのみこ)の菩提を追修する為に東大寺初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)ら9人の智行僧を住まわせた若草山の山房を起源とする金鍾山寺(きんしょうせんじ・金鍾寺(きんしょうじ)が起源と言われています。基皇子は727年(神亀4年)10月5日に誕生したが、728年(神亀5年)9月13日に亡くなり、同年11月に金鍾山寺が建立されました。その後741年(天平13年)に国分寺(金光明寺)・国分尼寺(法華寺)建立の詔が発せられると翌742年(天平14年)に大和国分寺になり、名称を大和金光明寺(きんこうみょうじ)に改められました。その後743年(天平15年)に聖武天皇が大仏造立の詔を発し、当初滋賀甲賀市信楽町の紫香楽宮(しがらきのみや)で大仏の造立が開始されたが、745年(天平17年)に都が平城京に戻ると東大寺で大仏の造立が開始され、752年(天平勝宝4年)にインド出身の僧・菩提僊那(ぼだいせんな)を導師として、大仏開眼供養会(だいぶつかいげんくようえ)が行われ、758年(天平宝字2年)に大仏殿が完成しました。752年(天平勝宝4年)からお水取り(修二会・お松明)も始まりました。789年(延暦8年)の造東大寺司の廃止までに講堂・東西両塔・三面僧房などの諸堂が建立されました。なお東大寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
東大寺は華厳宗の大本山です。
*参考・・・奈良世界遺産・東大寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【東大寺仏名会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
東大寺(アクセス・見どころ・・・)情報
東大寺お水取り2025