東大寺歴史

東大寺

東大寺歴史(東大寺の歴史)は次の通りです。なお東大寺は歴史的・文化的価値などから1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)に登録されました。東大寺は歴史的な文化財である大仏殿(国宝)・奈良の大仏(国宝)などを有しています。

【東大寺歴史以外の情報】
東大寺歴史以外の情報
東大寺歴史以外の情報(見どころ)

【東大寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市雑司町406-1
最寄り駅・バス停・・・東大寺大仏殿・春日大社前(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅から市内循環バス

*近鉄奈良線(徒歩約20分)
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【東大寺歴史 年表】
728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇と光明皇后の間に生まれた皇太子・基皇子(もといのみこ)の菩提を追修する為、東大寺(金光明四天王護国之寺・きんこうみょうしてんのうごこくのてら)の前身寺院である金鍾寺(こんしゅじ・金鍾山寺)が創建され、東大寺初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)ら9人の僧が住まわせられました。基皇子は727年(神亀4年)10月5日に誕生するが、728年(神亀5年)9月13日に亡くなりました。
741年(天平13年)に国分寺(金光明寺)・国分尼寺(法華寺)建立の詔が発せられ、翌742年(天平14年)に金鍾寺が大和国分寺になり、名称を大和金光明寺(きんこうみょうじ)に改められました。
743年(天平15年)に大仏造立の詔が発せられ、紫香楽宮(滋賀甲賀市信楽町)で大仏の造立が開始されました。
745年(天平17年)に都が平城京に戻され、大仏の造立が東大寺で開始され、752年(天平勝宝4年)にインド出身の僧・菩提僊那(ぼだいせんな)を導師として、大仏開眼供養会(だいぶつかいげんくようえ)が行われました。
758年(天平宝字2年)に大仏殿が完成しました。大仏殿は大仏の造立が終わってから建立が開始されました。
奈良時代には大仏殿・講堂・中門・南大門・東西2基の七重塔などの伽藍が立ち並んでいたが、平安時代に講堂が失火・西塔が落雷で焼失しました。
平安時代に第50代・桓武天皇が造東大寺所を廃止しました。
1180年(治承4年)に平重衡(たいらのしげひら)が東大寺などを焼討し、大仏殿が焼失し、大仏は台座や下半身の一部を残して焼けました。東大寺は伽藍の大半を焼失しました。
1185年(文治元年)に大仏の開眼供養が行われました。1190年(建久元年)に大仏殿が上棟式して、1195年(建久6年)には落慶供養が行われました。大仏の再鋳造・大仏殿の再建などは大勧進職・俊乗房重源が鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の協力を得て行いました。
1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦により、大仏殿が再び焼失し、大仏は再び焼けました。東大寺は二月堂・法華堂・正倉院・鐘楼・西大門・転害門などを残し、多くの伽藍を焼失しました。
1690年(元禄3年)に大仏の頭部が再鋳造されて、1692年(元禄5年)には開眼供養が行われました。1709年(宝永6年)に大仏殿が落慶しました。大仏の再鋳造・大仏殿の再建などは公慶上人が江戸幕府の許可を得て行いました。

【東大寺歴史 聖武天皇】
聖武天皇は701年(大宝元年)に第42代・文武天皇と藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘・宮子の間に第1皇子として生まれ、724年(神亀元年)に天皇に即位し、その後皇族皇后の慣習を破って、藤原不比等の娘・安宿媛(あすかべひめ)を非皇族初の皇后にしました。聖武天皇は仏教に深く帰依し、国分寺・国分尼寺建立の詔や大仏造立の詔を発し、749年(天平勝宝元年)には娘・阿倍内親王(第46代・孝謙天皇)に譲位して出家し、756年(天平勝宝8年)5月2日に56歳で崩御しました。ちなみに聖武天皇は生前譲位した初の男性天皇とされています。

【東大寺歴史 文化財】
●大仏殿(国宝)は江戸時代に公慶上人が再建し、1709年(宝永6年)に落慶しました。
●奈良の大仏(国宝)は1690年(元禄3年)に頭部が鋳造され、1692年(元禄5年)に開眼供養が行われました。
●南大門(国宝)は1199年(正治元年)に再建されました。
●開山堂(国宝)は内陣が1200年(正治2年)、外陣が1250年(建長2年)に建立されました。
●法華堂(国宝)は740年(天平12年)から748年(天平20年)頃に金鐘寺の堂として建立されたと言われています。
●二月堂(国宝)は1669年(寛文9年)に再建されました。
●本坊経庫(国宝)は奈良時代に建立され、1714年(正徳4年)に移されました。
●転害門(国宝)は天平時代の遺構と言われています。
●鐘楼(国宝)は鎌倉時代に大勧進職・明庵栄西禅師が再建しました。
●梵鐘(国宝)は752年(天平勝宝4年)に鋳造されました。

【東大寺歴史 お水取り】
お水取りは752年(天平勝宝4年)に実忠(じっちゅう)が始め、以来一度も途切れることなく続けられています。なおお水取りでは二月堂の本尊・大観音と小観音に罪を懺悔し、鎮護国家・天下泰安・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願します。ちなみにお水取りは毎年3月1日から14日まで行われます。
東大寺歴史・お水取り

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