薬師寺龍王社祭2026年7月26日(雨水順調)
薬師寺龍王社祭(日程・アクセス・概要)
薬師寺龍王社祭(日程時間など)を紹介しています。龍王社祭は例年7月26日に行われます。龍王社祭では大池の水を灌漑用に使用する農家が水を司る龍神を祀り、農業に不可欠な雨水が順調であることを祈願します。水郷五ケ町(五条・六条・七条・西ノ京・九条)の年番の年寄町が供物を準備し、直会も水郷五ケ町が主催するそうです。(詳細下記参照)
【薬師寺龍王社祭2026 日程時間(要確認)】
薬師寺龍王社祭2026は2026年(令和8年)7月26日(日曜日)14:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・薬師寺ホームページ
●奈良の寺院・神社では節分・豆まきなどの行事が行われています。
奈良節分・豆まき2026
【薬師寺龍王社祭 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市西ノ京町457
最寄り駅・バス停・・・西ノ京駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
【薬師寺龍王社祭 歴史・簡単概要】
薬師寺龍王社祭(りゅうおうしゃさい)は例年7月26日に行われています。
龍王社祭では普段、奈良国立博物館に寄託されている龍神像が薬師寺に戻されて行われます。龍王社祭では大池(勝間田池)の水を灌漑用に使用する農家が水を司る龍神を祀り、農業に不可欠な雨水が順調であることを祈願します。水郷五ケ町(五条・六条・七条・西ノ京・九条)の年番の年寄町が供物を準備し、直会も水郷五ケ町が主催するそうです。
龍王社は東院堂(国宝)は南側に祀られています。龍王社は社殿が春日造(春日づくり)で、母屋が内陣と外陣に分かれ、向拝が付いた供物台があります。龍王社は平安時代(794年~1185年)の「薬師寺縁起」に第40代・天武天皇の第3皇子・大津皇子が悪龍になる伝承が記され、大津皇子と龍神を祭神として祀っていると言われています。ちなみに1879年(明治12年)の寺院明細帳に「龍王堂本尊 八大龍王 大津皇子」と記されています。
●龍王社は起源が明確ではありません。薬師寺の金堂が建立されている場所に龍が棲む池があり、その龍を大池(勝間田池)に移して祀ったのが起源とも言われています。龍王社は1868年(明治元年)の明治維新までは薬師寺の南西にある大池の畔に祀られていました。大池の北側には竜王山などと言われる小宇があり、かつては大池の北側に祀られていたとも言われています。また龍王社の祭礼は「黒草紙・1343年(興国4年・康永3年)」に薬師寺の行事と記され、南北朝時代(1337年~1392年)には既に薬師寺と関連があったと言われています。
●龍神像は平安時代(794年~1185年)末期から鎌倉時代(1185年~1333年)に像立され、像高約27.0センチです。龍神像はかつて善女龍王像などの人物像の肩に載せられていととも言われるが、現在は山型の台座に絡み付くような姿になっています。伝大津皇子坐像(重要文化財)は鎌倉時代(1185年~1333年)中期に像立され、像高約39.5センチです。伝大津皇子坐像はかつて龍王社の社殿内陣の小厨子に安置され、近年に発見され、現在は奈良国立博物館に寄託されています。
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薬師寺見どころ
【薬師寺 歴史・簡単概要】
薬師寺は680年(天武天皇9年)に第40代・天武天皇が皇后・鵜野讃良(持統天皇)の病気平癒を祈願する為に発願し、藤原京右京八条三坊に創建されました。710年(和銅3年)の平城京遷都後に現在の場所である西ノ京に移されたと言われています。ちなみに当初の薬師寺では688年(持統天皇2年)に無遮大会が行われ、698年(文武天皇2年)には伽藍がほぼ完成したと言われています。その後薬師寺は973年(天禄4年)の火災や1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火により、多くの伽藍を焼失し、創建当初の建物は東塔だけになりました。なお薬師寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
*参考・・・薬師寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【薬師寺龍王社祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
薬師寺(アクセス・見どころ・・・)情報












