伝香寺地蔵会2026年7月23日(裸形地蔵菩薩立像)

伝香寺地蔵会(時期・アクセス・概要)

伝香寺地蔵会(日程時間など)を紹介しています。地蔵会は例年7月23日に行われます。地蔵会では「はだか地蔵尊」とも言われる秘仏・裸形地蔵菩薩立像(重要文化財)の着物(袴・襦袢・肌着・腰巻など)が脱がせ、新しい着物に着せ替えます。地蔵会ではいさかわ幼稚園の園児が集合写真を撮影するそうです。(詳細下記参照)

【伝香寺地蔵会2026 日程時間(要確認)】
伝香寺地蔵会2026は2026年(令和8年)7月23日(木曜日)16:00~16:30に行われます。開門は15:45、閉門は18:30です。法要終了後の16:45~17:30は幼稚園の集合写真撮影の為、堂内参拝が一時中断されます。前日7月22日は着替法要準備の為、春日地蔵菩薩立像(地蔵堂)を参拝できません。(現在確認中・要注意)
*参考・・・伝香寺ホームページ

【伝香寺地蔵会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市小川町24
最寄り駅・バス停・・・JR奈良駅(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。
*JR関西本線

*近鉄奈良線の場合、近鉄奈良駅(徒歩約8分)
路線・時刻表・運賃チェック

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【伝香寺地蔵会 歴史・簡単概要】
伝香寺地蔵会(じぞうえ)・着せ替え法要(きせかえほうよう)・御更衣法要は鎌倉時代(1185年~1333年)前期の1228年(安貞2年)に興福寺(こうふくじ)の妙法尼が母の菩提(ぼだい)を弔う為、「衣の着せ替えは何よりのお供え」として始めたと言われています。地蔵会は例年7月23日に行われています。
地蔵会では先ず僧侶による読経が行われ、次に「はだか地蔵尊(じぞうそん)」とも言われる秘仏・裸形地蔵菩薩(らけいじぞうぼさつ)立像(重要文化財)の光背(こうはい)・錫杖(しゃくじょう)などを取り外し、袈裟(けさ)・着物(袴(はかま)・襦袢(じゅばん)・肌着(はだぎ)・腰巻(こしまき)など)が脱がされます。その後新しい着物に着せ替えられ、光背・錫杖などを取り付けられ、最後に読経が行われます。地蔵会ではいさかわ幼稚園の園児が集合写真を撮影するそうです。

●裸形地蔵菩薩立像は裸形像として造仏されている為、「はだか地蔵尊」と言われています。普段は布製の法衣が着せられています。裸形地蔵菩薩立像は胎内納入品の願文により、1228年(安貞2年)に比丘尼妙法・唯心らの発願で、春日四所明神の本地仏として造仏されました。裸形地蔵菩薩立像は像高約97.3センチで、仏師は善円とも言われています。裸形地蔵菩薩立像は客仏で、元々は興福寺の塔頭・延寿院の本尊でした。明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で延寿院から遷されたと言われています。
●地蔵菩薩は菩薩の一尊です。地蔵菩薩は大地が全ての命を育むように苦悩する衆生を慈悲の心で救うことから名付けられたそうです。地蔵菩薩はお釈迦様が入滅し、弥勒菩薩が如来として現れるまでの無仏の期間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)の衆生を救済するとされています。ちなみに地蔵菩薩は日本では平安時代中期以降に信仰されるようになり、子供の守り神とされています。なお地蔵菩薩は菩薩だが、一般的に右手に錫杖・左手に宝珠を持った僧形をしています。

【伝香寺 歴史・簡単概要】
伝香寺は天平宝亀年間(770年~780年)に唐の渡来僧・鑑真和上の高弟・思詫律師が唐(中国)を偲んで唐風の庵を結んで、実円寺と称した場所とも言われています。その後1585年(天正13年)に戦国大名・筒井順慶の母・芳秀宗英尼が第106代・正親町天皇の勅許により、子・筒井順慶の菩提を弔う為に唐招提寺の泉奘長老を開山に菩提所として再興しました。芳秀宗英尼が本堂前に植えたと言われている椿は桜のように潔く散ることから筒井順慶に因み、武士椿とも言われたそうです。ちなみに現在も本堂前に3代目の椿が植えられているそうです。1983年(昭和58年)の筒井順慶法印400年遠諱の際、順慶坐像と御堂が造立されました。なお伝香寺の本尊・釈迦如来坐像には仏師名(宗貞)と酉年(1585年)が記され、関白・豊臣秀吉が創建した京都・方広寺の大仏(盧舎那仏)を造立した際の試みの仏像とも言われているそうです。
*参考・・・伝香寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【伝香寺地蔵会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
伝香寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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