法隆寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

法隆寺(Horyu-ji Temple)

法隆寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説

法隆寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには法隆寺の本堂である金堂(国宝)、高さ約32.55メートルで、シンボルである五重塔(国宝)、大会式が行われる大講堂(国宝)などがあります。また聖霊院・西円堂・綱封蔵・上御堂なども見逃せません。

法隆寺見どころ(東院伽藍等)

【法隆寺の本堂である金堂(国宝)の見どころ解説】

★金堂は五重塔に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。金堂は法隆寺の本堂で、中の間・東の間・西の間に分かれています。中の間に聖徳太子(しょうとくたいし)の為に造仏された金銅釈迦三尊(しゃかさんぞん)像、東の間に聖徳太子の父・用明天皇(ようめいてんのう)の為に造仏された金銅薬師如来(やくしにょらい)坐像、西の間に聖徳太子の母・穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の為に造仏された金銅阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像を安置しています。天井に天人(てんにん)と鳳凰(ほうおう)が飛び交う天蓋(てんがい)が釣るされ、壁画が描かれていました。なお1949年(昭和24年)の解体修理中に行われた壁画模写作業中に火災が発生し、壁画と柱が焼損しました。
★金堂の歴史は607年(推古天皇15年)の法隆寺創建時に建立されたが、670年(天智9年)に焼失し、その後7世紀後半(飛鳥時代)に再建されたと言われています。
★金堂の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)で、二階建てに見えるもこし(裳階)付きです。上層部に部屋はありません。
★2004年(平成16年)の奈良文化財研究所による年輪年代測定により、金堂などに使われているヒノキやスギは飛鳥時代の650年代末から690年代末に伐採されたことが分かりました。
★例年1月8日から14日に金堂修正会が行われ、国家安隠・万民豊楽・寺門興降・五穀豊穣などが祈願されます。
★金堂火災を教訓に1950年(昭和25年)に文化財保護法が施行され、火災が発生した1月26日が文化財防火デーになりました。

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【法隆寺のシンボルである五重塔(国宝)の見どころ解説】

★五重塔は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。五重塔は高さ約32.55メートルで、法隆寺のシンボル・ランドマークです。五重塔は日本最古・世界最古の五重塔と言われています。五重塔は初層内陣の東面・西面・南面・北面に国宝で、塔本四面具(とうほんしめんぐ)と言われる塑造(そぞう)の群像を安置しています。また初層に壁画(重要文化財)が描かれていたが、漆喰(しっくい)が塗られたことなどで剥落し、現在は別途に保存されています。五重塔では1926年(大正15年)にガラス製の舎利壺(しゃりつぼ)とそれを納める金製・銀製・響銅(さはり)製の容器から構成された舎利(しゃり)容器が発見されました。
★五重塔の歴史は607年(推古天皇15年)の法隆寺創建時に建立されたが、670年(天智9年)に焼失し、その後7世紀後半(飛鳥時代)に再建されたと言われています。
★五重塔の建築様式は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、屋根が本瓦葺で初重にもこし(裳階)付きです。初重から五重までの屋根の大きさの逓減率(ていげんりつ)が大きく、五重は初重の約半分になっています。
★2004年(平成16年)の奈良文化財研究所による年輪年代測定により、五重塔などに使われているヒノキやスギは飛鳥時代の650年代末から690年代末に伐採されたことが分かりました。また五重塔の心柱(しんばしら)は年輪年代測定により、594年(推古天皇2年)頃に伐採されたと言われています。

【日本最古の金剛力士を祀る中門(国宝)の見どころ解説】

★中門は見逃せません。中門は左右に日本最古の仁王(におう)と言われる塑造金剛力士(こんごうりきし)立像を安置しています。
★中門の歴史は607年(推古天皇15年)の法隆寺創建時に建立されたが、670年(天智9年)に焼失し、その後7世紀後半(飛鳥時代)に再建されたと言われています。
★中門の建築様式は四間二戸二重門(しけんにこにじゅうもん)で、屋根が入母屋造の本瓦葺です。

【東廻廊・西廻廊からなる回廊(国宝)の見どころ解説】

★回廊には東廻廊・西廻廊があります。回廊は大講堂と東側の鐘楼(しょうろう)・西側の経蔵を繋いでいます。回廊は廊下だけでなく、聖域を区切る役割もあるそうです。
★回廊の歴史は金堂などと同じ7世紀後半(飛鳥時代)に建立されたが、大講堂近くの折れ曲がり部分から北側は平安時代(794年~1185年)に建立されたと言われています。
★回廊の建築様式は屋根が本瓦葺です。

【観勒僧正を祀る経蔵(国宝)の見どころ解説】

★経蔵は元々、経典を納めていたが、現在は日本に天文学などを伝えたという百済(くだら)の学僧・観勒僧正(かんろくそうじょう)像を安置しています。
★経蔵の歴史は奈良時代(710年~793年)に建立されました。
★経蔵の建築様式は二階建ての楼造で、屋根が切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺です。

【大会式が行われる大講堂(国宝)の見どころ解説】

★大講堂は見逃せません。大講堂は本尊・薬師三尊(やくしさんぞん)像(国宝)や四天王(してんのう)像(重要文化財)を安置しています。聖徳太子の命日に行われるお会式(おえしき)では10年に一度、大講堂で大会式が行なわれます。
★大講堂の歴史は925年(延長3年)に鐘楼とともに落雷で焼失し、その後990年(正暦元年)に再建されたと言われています。
★大講堂の建築様式は屋根が入母屋造の本瓦葺です。

【奈良時代前期の梵鐘を釣る鐘楼(国宝)の見どころ解説】

★鐘楼は経蔵と対称位置に建立されています。鐘楼には奈良時代(710年~794年)前期に鋳造された梵鐘(重要文化財)を釣っています。梵鐘は年中行事以外には撞かれないそうです。
★鐘楼の歴史は925年(延長3年)に大講堂とともに落雷で焼失し、その後平安時代中期(1005年~1020年)に再建されました。
★鐘楼の建築様式は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【聖徳太子を祀る聖霊院(国宝)の見どころ解説】

★聖霊院には3つの厨子(ずし)があり、中央の厨子に本尊・聖徳太子像(国宝)、左の厨子に聖徳太子の長子・山背大兄王(やましろのおおえのおう)像(国宝)や兄弟皇子・殖栗王(えくりのおう)像(国宝)、右の厨子に聖徳太子の兄弟皇子・卒末呂王(そまろのおう)像(国宝)や高句麗(こうくり)の僧・恵慈法師(えじほうし)像(国宝)などを安置しています。聖霊院では御朱印「以和為貴(和を以て貴しと為す)」などを授与しています。
★聖霊院の歴史は元々、東室(ひがしむろ)の一部だったが、1284年(弘安7年)に東室の南端部分が聖霊院に改築されました。
★聖霊院の建築様式は屋根が切妻造の本瓦葺です。
★聖徳太子の命日である旧暦の2月22日(現在は3月22日~24日)に法隆寺最大の仏事・お会式が行われ、聖徳太子像がご開帳されます。

【僧坊だった東室(国宝)の見どころ解説】

★東室(旧僧坊)は元々、僧侶が生活する僧坊だったと言われています。東室の東側には僧房である小子房(しょうしぼう)の妻室(つまむろ)があります。
★東室の歴史は奈良時代(710年~793年)に建立され、その後修理・改造されました。東室は南端部分が聖霊院になりました。
★東室の建築様式は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【阿弥陀如来などを祀る三経院及西室(国宝)の見どころ解説】

★三経院及西室は聖霊院・東室と対称的な位置に建立されています。三経院は阿弥陀如来坐像(重要文化財)・持国天(じこくてん)像(重要文化財)・多聞天(たもんてん)立像(重要文化財)を安置しています。三経院の名称は聖徳太子が「勝鬘経(しょうまんぎょう)」・「維摩経(ゆいまきょう)」・「法華経(ほけきょう)」を注釈したことに由来します。
★三経院の歴史は1231年(寛喜3年)に西室の南端部を改造して建立されました。
★三経院及西室の建築様式は屋根が本瓦葺の切妻造です。
★例年夏安居(げあんご)の90日間(5月16日~8月15日)に「勝鬘経」・「維摩経」・「法華経」の講義が行われています。

【薬師如来を祀る西円堂(国宝)の見どころ解説】

★西円堂は大和北部八十八ヶ所霊場の第51番札所になっています。西円堂は本尊・薬師如来坐像(国宝)や十二神将(じゅうにしんしょう)立像(重要文化財)・千手観音(せんじゅかんのん)立像(重要文化財)を安置しています。薬師如来坐像は国内最大級の乾漆(かんしつ)像で、峯の薬師と言われていたそうです。なお節分の日に鬼追式(おにおいしき)が行われ、黒鬼・青鬼・赤鬼が現れて松明を投げ、現れた毘沙門天(びしゃもんてん)が鬼を追い払います。
★西円堂の歴史は1250年(建長2年)に再建されました。西円堂は奈良時代(710年~794年)に僧・行基(ぎょうき)が橘夫人(たちばなふじん)の発願によって創建したと言われています。
★西円堂の建築様式は八角円堂(はっかくえんどう)で、屋根が本瓦葺です。
★例年10月8日に大般若経転読(だいはんにゃてんどく)法要が行われています。

【勅封の蔵だった綱封蔵(国宝)の見どころ解説】

★綱封蔵(双倉)は元々、正倉院(しょうそういん)と同じ勅封(ちょくふう)の蔵でした。綱封蔵は双倉(ならびぐら)とも言われています。法隆寺にはかつて33もの蔵が建ち並んでいたと言われています。
★綱封蔵の歴史は平安時代前期(794年~929年)に建立されたと言われています。
★綱封蔵の建築様式は高床で、屋根が寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺です。

【薬師如来を祀る食堂(国宝)の見どころ解説】

★食堂(双堂)は本尊・薬師如来坐像(重要文化財)を安置しています。食堂は南側にある細殿(重要文化財)と軒を接していることから双堂(ならびどう)と言われました。
★食堂の歴史は奈良時代(710年~793年)に建立されました。食堂は元々、寺務所(じむしょ)である政所(まんどころ)だったが、平安時代(794年~1185年)に僧侶が食事をする食堂に改められたと言われています。
★食堂の建築様式は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【法隆寺の玄関である南大門(国宝)の見どころ解説】

★南大門は西院伽藍の南側に建立され、法隆寺の玄関である総門です。南大門は左右に長い築地塀が延びています。
★南大門の歴史は1438年(永享10年)に西大門を移して再建されたと言われています。南大門は法隆寺創建時に建立されたが、1435年(永享7年)に焼失しました。
★南大門の建築様式は三間一戸八脚門(さんげんいっこはっきゃくもん)で、屋根が入母屋造の本瓦葺です。南大門はかつて切妻造だったと言われています。

【釈迦三尊を祀る上御堂(重要文化財)の見どころ解説】

★上御堂は釈迦三尊像(国宝)・四天王立像(重要文化財)を安置しています。上御堂は通常非公開だが、例年11月1日~3日に限って一般公開されます。(要確認)
★上御堂の歴史は1318年(文保2年)に再建されたと言われています。上御堂は奈良時代(710年~794年)に第40代・天武天皇(てんむてんのう)の皇子・舎人親王(とねりしんのう)の発願によって創建されたが、989年(永祚元年)に倒壊しました。
★上御堂の建築様式は屋根が入母屋造の本瓦葺です。

【本坊ある西園院の見どころ解説】

★西園院は本坊(住職の居所)です。西園院は客殿(重要文化財)・上土門(重要文化財)・唐門(重要文化財)などで構成されています。西園院は通常非公開です。
★客殿の歴史は安土桃山時代(1573年~1603年)、上土門・唐門は江戸時代(1603年~1868年)前期に建立されたと言われています。

【寺宝を収蔵・公開する大宝蔵院の見どころ解説】

★大宝蔵院は百済観音堂・東宝殿・西宝殿から構成されています。大宝蔵院では百済観音(くだらかんのん・国宝)などの寺宝を収蔵・公開しています。百済観音(観音菩薩(かんのんぼさつ)立像)は日本の仏像には珍しく、八頭身とも、九頭身とも言われる細身のすらりとした姿をしています。百済観音は像高約210.9センチです。
★大宝蔵院の歴史は1998年(平成10年)に建設されました。

【法隆寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・法隆寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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