菅原天満宮盆梅展2025(日程時間・・・)

盆梅展

菅原天満宮盆梅展

菅原天満宮盆梅展(日程・・・)を紹介しています。盆梅展は例年2月から行われています。盆梅展は祭神・菅原道真がこよなく愛した梅が見ごろを迎える時期に行われます。菅原道真は「東風吹かば 匂ひやこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と詠みました。盆梅展では菅原八宝梅・黄金梅・思いのままなど約130種・約200鉢の盆梅が展示されます。(詳細下記参照)

【菅原天満宮盆梅展2024 日程時間(要確認)】
菅原天満宮盆梅展2024は2024年(令和6年)2月4日(日曜日)~3月3日(日曜日)9:00~16:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・菅原天満宮ホームページ

【菅原天満宮盆梅展 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市菅原町518
最寄り駅・バス停・・・近鉄大和西大寺駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【菅原天満宮盆梅展 歴史・簡単概要】
菅原天満宮盆梅展(ぼんばいてん)は祭神・菅原道真がこよなく愛した梅が見ごろを迎える時期に行われます。盆梅展では菅原八宝梅・黄金梅・思いのままなど早咲き・中咲き・遅咲きの約130種・約200鉢の盆梅(梅鉢)が展示されます。
菅原道真は梅をこよなく愛し、左遷される際、「東風(こち)吹かば 匂ひやこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(拾遺和歌集 巻第十六 雑春)」と詠みました。和歌は「春の東風が吹き始めたなら梅の木よ、芳しい匂いを漂わせる花を咲かせておくれ。主人は京にいなくとも春の訪れを忘れないで。」という意味だそうです。その後梅が道真を慕って一晩の内に大宰府に飛来したという飛梅伝説も生まれました。なお拾遺和歌集は1005(寛弘2年)~1006年(寛弘3年)頃に編纂されたそうです。
現在花見といえば、一般的に桜を連想しますが、奈良時代には花見と言えば、中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に少しずつ変わって行ったそうです。それは貴族などが詠んだ歌にも現れ、「万葉集」では梅を詠んだ歌が118首、桜を詠んだ歌が44種だったが、「古今和歌集」では逆転します。
盆栽は唐(中国)から日本に伝わった盆花・盆景が起源とも言われています。唐の第4代皇帝・中宗が亡くなった兄の為に造った陵墓には盆花が描かれた壁画があるそうです。

【菅原天満宮 歴史・簡単概要】
菅原天満宮(すがわらてんまんぐう)は起源が明確ではありません。菅原天満宮は土師氏(はじし)が土師氏の祖神・天穂日命(あめのほひのみこと)を祀ったの起源と言われています。土師氏は土師器(はじき)などを製作したことから土師の姓を賜り、781年(天応元年)に菅原道真の曽祖父・土師古人(はじのふるひと)らが土地の名・菅原邑(すがわらむら)から菅原の姓への改姓を勅許されたと言われています。その後「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)・927年(延長5年)編纂」によると小社に列せられました。菅原天満宮は菅家一系三神を祀る延喜式内社の日本最古の天満宮とも言われているそうです。2002年(平成14年)に名称を菅原神社から菅原天満宮に改めました。なお菅原天満宮は天穂日命・野見宿禰(のみのすくね)・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。天穂日命は菅家(土師氏)の始祖で、野見宿禰は天穂日命の子孫とされています。
*参考・・・菅原天満宮(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【菅原天満宮盆梅展 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
菅原天満宮(アクセス・見どころ・・・)情報

関連記事

奈良観光おすすめ

  1. 柳生一刀石
  2. 若草山(Mt. Wakakusa-yama)
  3. 吉野山
ページ上部へ戻る