春日若宮おん祭稚児流鏑馬2020/12/17(日程・・・)

稚児流鏑馬

春日若宮おん祭稚児流鏑馬

春日若宮おん祭稚児流鏑馬(日程・・・)を紹介しています。稚児流鏑馬は毎年12月17日に行われています。稚児流鏑馬では赤い水干に笠を被って箙を背負い、重藤の弓を手に持った揚児(あげのちご)一騎・射手児(いてのちご)二騎の合計三騎が馬場本で祝投扇の所作を行い、その後一の的・二の的・三の的を順次射ながら参道を進んでいきます。(詳細下記参照)

●春日若宮おん祭2020は新型コロナ対策の為、下記リンクの様に変更になります。(要確認)
*参考・・・春日若宮おん祭2020pdf・春日大社ホームページ

【春日若宮おん祭稚児流鏑馬2020 日程時間(要確認)】
春日若宮おん祭稚児流鏑馬2020(●新型コロナによる実施の有無・内容要確認)は2020年(令和2年)12月17日(木曜日)14:30頃から行われます。
春日若宮おん祭2020日程春日若宮おん祭2020

【春日若宮おん祭稚児流鏑馬(若宮神社) アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市春日野町160
最寄り駅・バス停・・・春日大社本殿(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅からは奈良交通バス・春日大社本殿行き

*奈良交通バス・市内循環外回りの場合、春日大社表参道(徒歩約10分)
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【春日若宮おん祭稚児流鏑馬 歴史・簡単概要】
春日若宮おん祭(かすがわかみやおんまつり)・稚児流鏑馬(ちごやぶさめ)は一之鳥居から馬出(まだし)の橋までの参道で行われます。稚児流鏑馬では赤い水干に笠(つづらがさ)を被って箙(えびら)を背負い、重藤(しげとう)の弓を手に持った揚児(あげのちご)一騎・射手児(いてのちご)二騎の合計三騎が馬場本で祝投扇(いわいのなげおうぎ)の所作を行い、その後一の的・二の的・三の的を順次射ながら参道を進んでいきます。揚児は旧儀通りに先頭を行くそうです。ちなみに稚児流鏑馬は稚児は的前で止まった馬上から的を射ます。なお春日若宮おん祭ではかつて大和士(やまとざむらい)が神前で流鏑馬を披露していたそうです。
流鏑馬は矢継ぎ早に鏑矢(かぶらや)で射ることから流鏑馬と言われるそうです。また流鏑馬は矢馳馬(やはせむま)が転訛したものとも言われているそうです。なお流鏑馬は「日本書紀」に682年(天武天皇9年)の馬的射(むまゆみいさせ)が記され、平安時代には宮廷行事として行われていました。ちなみに武士の時代、流鏑馬は犬追物(いぬおうもの)・笠懸(かさがけ)とともに騎射三物(きしやみつもの)と言われていました。
*参考・・・春日若宮おん祭・春日大社ホームページ

【春日若宮おん祭 歴史・簡単概要】
春日若宮おん祭は1135年(保延元年)に若宮神社が造営され、翌1136年(保延2年)9月17日に行われた例祭が起源です。若宮神社が造営され、その霊験により、大雨・洪水は収まって晴天が続いたことから五穀豊穣・万民安楽を祈願する例祭が行われるようになりました。ちなみに春日若宮おん祭は一度も途切れることなく行われているそうです。なおおん祭で奉納される猿楽・雅楽・舞楽などの奉納芸能は1979年(昭和54年)に春日若宮おん祭の神事芸能として、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

【若宮神社 歴史・簡単概要】
若宮神社(わかみやじんじゃ)は1135年(保延元年)に造営され、榎社(えのきしゃ)と言われていたそうです。大雨・洪水による飢饉が続き、疫病が蔓延したことから万民救済の為に春日大社(かすがたいしゃ)と同じ規模の神殿が造営されました。翌1136年(保延2年)関白・藤原忠通(ふじわらのただみち)が五穀豊穣・万民安楽を祈願する為、春日若宮おん祭を始め、現在まで途切れることなく行われています。その後1876年(明治10年)に名称を若宮神社に改めました。なお若宮神社は天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祀っています。天押雲根命は春日大社の第三殿に祀られている天児屋根命(あめのこやねのみこと)と第四殿に祀られている比売神(ひめがみ)の子とされています。
若宮神社は春日大社の南にある摂社です。
*参考・・・若宮神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【春日若宮おん祭稚児流鏑馬 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
若宮神社(アクセス・見どころ・・・)情報春日大社(アクセス・見どころ・・・)情報

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