長岳寺酔芙蓉見ごろ2024(9月中旬~10月下旬頃)
長岳寺酔芙蓉見ごろ(見頃)
長岳寺酔芙蓉見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。長岳寺では庫裏(旧地蔵院)裏などに酔芙蓉・芙蓉が植えられています。酔芙蓉には一重・八重・くす玉の3種があり、朝白かった花が午後になると徐々にピンクから赤く色が変わります。芙蓉はピンクなどの花を咲かせます。長岳寺では赤いカンナや赤・白色の彼岸花も植えられ、一緒に楽しめる場合があります。(詳細下記参照)
【長岳寺酔芙蓉見ごろ(例年時期)】
長岳寺の酔芙蓉見ごろは例年9月中旬頃から10月下旬頃です。ただ酔芙蓉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
【長岳寺酔芙蓉見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県天理市柳本町508
最寄り駅・バス停・・・柳本駅(徒歩約20分)
アクセス路線は次の通りです。
*JR桜井線
*JR桜井駅・近鉄桜井駅からバス・天理駅行きの場合、上長岡(徒歩約6分)
*JR天理駅・近鉄天理駅からバス・桜井駅行きの場合、上長岡(徒歩約6分)
路線・時刻表・運賃チェック
【長岳寺酔芙蓉見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
長岳寺は奈良を代表する酔芙蓉(スイフヨウ)の名所です。長岳寺の酔芙蓉見ごろは例年9月中旬頃から10月下旬頃です。
長岳寺では庫裏(旧地蔵院)裏などに酔芙蓉・芙蓉が植えられています。酔芙蓉には一重・八重・くす玉の3種があり、朝白かった花が午後になると徐々にピンクから赤く色が変わります。芙蓉はピンクなどの花を咲かせます。長岳寺では赤いカンナや赤・白色の彼岸花も植えられ、一緒に楽しめる場合があります。なお長岳寺は面積約1万2,000坪の境内に四季折々の美しく花が咲くことから関西花の寺25ケ所の第19番霊場になっています。
庫裏(重要文化財)は江戸時代前期の1630年(寛永7年)から翌1631年(寛永8年)に建立されました。庫裏は室町時代の書院造の様式を伝えていと言われています。なお庫裏は桁行約19.3メートル・梁間約12.9メートルで、切妻造の杉皮葺です。
酔芙蓉はアオイ科の落葉低木です。酔芙蓉は沖縄・九州・四国や中国・台湾などの暖地の海岸近くなどに自生し、関東以南で観賞用に栽培されている芙蓉の変種です。酔芙蓉は花が朝に白く、午後になると徐々に赤くなり、夕方に濃い赤色になってしぼみます。酔芙蓉は花が一日で終わる一日花(いちにちばな)です。花の色の変化にはポリフェノールの一種である青紫色の天然色素・アントシアニンが午後になると生合成され、蓄積することに関係しています。酔芙蓉の名称は花の色が白から赤に変わる様子を酔客(すいきゃく)に例えて名付けられました。酔芙蓉は高さ1~3メートルで、葉は交互に互生(ごせい)し、掌状(しょうじょう)に浅く3~7裂しています。酔芙蓉は夏から秋に葉のつけ根に八重咲き(やえざき)の花を咲かせます。ただ稀に一重咲き(ひとえざき)の酔芙蓉もあります。
【長岳寺 歴史・簡単概要】
長岳寺(ちょうがくじ)・釜口大師(かまのくちだいし)は平安時代初期の824年(天長元年)に真言宗(しんごんしゅう)の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が第53代・淳和天皇(じゅんなてんのう)の勅願により、大和神社(おおやまとじんじゃ)に附属する神宮寺(じんぐうじ)として創建したと言われえいます。ちなみに大和神社は紀元前92年(崇神天皇6年)に宮中で天照大神(あまてらすおおみかみ)とともに同殿共床で祀られていた祭神・日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)を市磯邑(いちしのむら・大和郷)に移し、皇女・淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)が祀ったのが起源とも言われています。長岳寺は最盛期に48もの塔頭(たっちゅう)が建ち並び、衆徒は300名を超えたそうです。鎌倉時代に興福寺(こうふくじ)の塔頭(たちゅう)・大乗院(だいじょういん)の末寺(まつじ)になり、室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)や室町時代後期の1502年(文亀3年)の兵火で衰退しました。江戸時代に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)の支援によって復興されました。長岳寺は関西花の寺二十五霊場の第19番札所・大和十三仏の第4番霊場・大和北部八十八ヶ所霊場の第80番札所になっています。
長岳寺は高野山真言宗の寺院です。
*参考・・・長岳寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ・長岳寺(アクセス・見どころ・・・)wikipedia
【長岳寺酔芙蓉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
長岳寺(アクセス・見どころ・・・)情報