橘寺酔芙蓉見ごろ2021(9月上旬~10月下旬頃)

橘寺酔芙蓉

橘寺酔芙蓉見ごろ(例年)・見どころ

橘寺酔芙蓉見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。橘寺では境内各所に約150本の酔芙蓉・芙蓉が植えられています。ただ大部分は酔芙蓉です。酔芙蓉は朝白かった花が午後になると徐々にピンクから赤く色が変わります。芙蓉はピンク・白色の花を咲かせます。酔芙蓉・芙蓉と本堂・写経塔・聖倉殿(収蔵庫)などの光景が美しいと言われています。(詳細下記参照)

【橘寺 酔芙蓉見ごろ(例年)】
橘寺の酔芙蓉見ごろは例年9月上旬頃から10月下旬頃です。ただ酔芙蓉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【橘寺酔芙蓉見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県高市郡明日香村橘532
最寄り駅・バス停・・・川原(徒歩約3分)、岡橋本(徒歩約3分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原神宮前駅・近鉄飛鳥駅から明日香周遊バス
路線・時刻表・運賃チェック

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【橘寺 酔芙蓉見ごろ(例年)・簡単解説】
橘寺は奈良を代表する酔芙蓉(スイフヨウ)の名所です。橘寺の酔芙蓉見ごろは例年9月上旬頃から10月下旬頃です。なお橘寺では2005年(平成17年)頃から酔芙蓉・芙蓉が植えられるようになったと言われています。
橘寺では境内各所に約150本の酔芙蓉・芙蓉が植えられています。ただ大部分は酔芙蓉です。酔芙蓉は朝白かった花が午後になると徐々にピンクから赤く色が変わります。芙蓉はピンク・白色の花を咲かせます。酔芙蓉・芙蓉と本堂・写経塔・聖倉殿(収蔵庫)などの光景が美しいと言われています。酔芙蓉は淡紫色のシオンの花・赤色のハナミズキ(花水木)の実・紫色のムラサキシキブ(紫式部)の実と一緒に楽しめる場合があります。
酔芙蓉はアオイ科の落葉低木です。酔芙蓉は沖縄・九州・四国や中国・台湾などの暖地の海岸近くなどに自生し、関東以南で観賞用に栽培されている芙蓉の変種です。酔芙蓉は花が朝に白く、午後になると徐々に赤くなり、夕方に濃い赤色になってしぼみます。酔芙蓉は花が一日で終わる一日花(いちにちばな)です。花の色の変化にはポリフェノールの一種である青紫色の天然色素・アントシアニンが午後になると生合成され、蓄積することに関係しています。酔芙蓉の名称は花の色が白から赤に変わる様子を酔客(すいきゃく)に例えて名付けられました。酔芙蓉は高さ1~3メートルで、葉は交互に互生(ごせい)し、掌状(しょうじょう)に浅く3~7裂しています。酔芙蓉は夏から秋に葉のつけ根に八重咲き(やえざき)の花を咲かせます。ただ稀に一重咲き(ひとえざき)の酔芙蓉もあります。

【橘寺 歴史・簡単概要】
橘寺(たちばなでら)・仏頭山上宮皇院菩提寺(ぶっとうざんじょうぐうおういんぼだいじ)は起源が明確ではありません。橘寺は寺伝によると飛鳥時代前期に第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の皇子・聖徳太子(しょうとくたいし・厩戸皇子(うまやどのおうじ))が第33代・推古天皇(すいこてんのう)の命により、父・用明天皇の別宮を寺院に改めたのが起源とも言われています。また飛鳥時代前期の606年(推古天皇14年)に聖徳太子が第33代・推古天皇の命により、大乗仏教経典・勝鬘経(しょうまんきょう)を3日間に渡って講釈した際、天から大きな蓮が庭に降り積もったり、南の山に千の仏頭が現れて光明を放ったりする不思議なことが起こり、第33代・推古天皇が聖徳太子に橘寺の創建を命じたとも言われています。橘寺は法隆寺(ほうりゅうじ・斑鳩寺(いかるがでら))・広隆寺(こうりゅうじ・蜂丘寺(はちおかでら))・法起寺(ほうきじ・池後寺(いけじりでら))・四天王寺(してんのうじ)・中宮寺(ちゅうぐうじ)・葛木寺(かつらぎじ)とともに聖徳太子建立七大寺に数えられています。その後日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・奈良時代成立」によると680年(天武天皇9年)に火災に見舞われたと言われています。鎌倉時代以降は徐々に衰退したと言われています。1864年(元治元年)に本尊・聖徳太子坐像を安置する現在の本堂(太子堂)が再建されました。
橘寺は天台宗の寺院です。
*参考・・・橘寺(アクセス・見どころ・・・)wikipedia

【橘寺酔芙蓉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
橘寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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