依水園サツキ見ごろ2021(6月上旬頃)

依水園サツキ見ごろ(例年)・見どころ

依水園サツキ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。依水園には池泉回遊式庭園の池の畔などにサツキが植えられ、サツキと池泉回遊式庭園・挺秀軒などの光景が美しいと言われています。依水園では例年6月上旬頃に見ごろを迎えるショウブ(菖蒲)・ハナハス(花ハス)なども植えられています。(詳細下記参照)

【依水園 サツキ見ごろ(例年)】
依水園のサツキ見ごろは例年6月上旬頃です。ただサツキの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【依水園サツキ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市水門町74
最寄り駅・バス停・・・近鉄奈良駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

*JR奈良駅から市内循環バスの場合、県庁前(徒歩4分)
路線・時刻表・運賃チェック

スポンサーリンク

【依水園 サツキ見ごろ(例年)・見どころ】
依水園はサツキ(皐月)の名所です。依水園のサツキ見ごろは例年6月上旬頃です。
依水園には池泉回遊式庭園(前園・後園)の池の畔などにサツキが植えられ、サツキと池泉回遊式庭園・挺秀軒などの光景が美しいと言われています。依水園では例年6月上旬頃にショウブ(菖蒲)・ハナハス(花ハス)なども植えられ、サツキとショウブ・スイレンを一緒に楽しめる時期があります。なお依水園には食事処・三秀亭があり、麦とろを中心とした食事や抹茶(菓子付)・ぜんざいなどを楽しむことができます。
挺秀軒は江戸時代前期に奈良晒を商う御用商人・清須美道清が煎茶の茶室として建て、明治時代に実業家・関藤次郎が裏千家の茶席の待合にも使えるように縁を取り付けました。挺秀軒は円窓が特徴的な茶室です。
三秀亭は江戸時代前期に清須美道清が別邸として建て、その後移築しました。三秀亭は前園にあり、前園を眺めながら飲食を楽しむことができます。
サツキ(皐月・杜鵑)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。サツキはサツキツツジ(皐月躑躅)・映山紅(エイサンコウ)などとも言われています。サツキの名称は旧暦の5月 (皐月) 頃に一斉に咲くことに由来し、花期は他のツツジに比べると1ヶ月程度遅く、5月~6月頃になります。サツキは関東以西と九州南部に分布し、川岸の岩上などに自生しています。サツキは古くから園芸化され、盆栽や庭木などとして栽培されています。サツキは樹高が1メートル前後で、枝は細く密生して横に広がり、葉は披針形または狭倒披針形で先が尖っています。サツキは花色が深紅から白色で、咲き分け・絞り・八重咲などがあります。

【依水園 歴史・簡単概要】
依水園(いすいえん)は奈良県奈良市にある面積約3,400坪(約11,000平方メートル)の日本庭園・池泉回遊式庭園です。依水園は庭園入口のすぐ右手に広がる前園と後園に分かれています。前園は江戸時代前期の延宝年間(1673年~1681年)に奈良晒(ならざらし)を商う御用商人・清須美道清(きよすみみちきよ)が煎茶を愉しむ為、吉城川(よしきがわ)近くに別邸として三秀亭(さんしゅうてい)を移築し、挺秀軒(ていしゅうけん)を建て、若草山(わかくさやま)・春日山(かすがやま)・御蓋山(みかさやま)などを望む庭園を造ったのが始まりです。後園は明治時代に奈良市内屈指の実業家・関藤次郎(せきとうじろう)が茶の湯と詩歌の会を愉しむ為、裏千家12世・又妙斎宗室(ゆうみょうさいそうしつ)が作庭した築山式の池泉回遊式庭園です。その後1939年(昭和14年)に中村家によって買い取られ、前園と後園を合わせて整備され、1969年(昭和44年)に中村家所蔵の美術品を展示する為に寧楽美術館が建設されました。寧楽美術館には海運業で財を成した中村準策・中村準一・中村準佑の三代が収集した1万点以上の美術品の内、1945年(昭和20年)の神戸大空襲から被害を免れた2千数百点を収蔵されています。ちなみに依水園には三秀亭・挺秀軒以外にも氷心亭(ひょうしんてい)・清秀庵(せいしゅうあん)・柳生堂(やぎゅうどう)などもあります。なお依水園は国の名勝に指定されています。
*参考・・・依水園(アクセス・見どころ・・・)ホームページ依水園(アクセス・見どころ・・・)wikipedia

【依水園サツキ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
依水園(アクセス・見どころ・・・)情報

関連記事

奈良観光おすすめ

  1. 柳生一刀石
  2. 若草山
  3. 吉野山
ページ上部へ戻る