興福寺羅漢供・例年8月13日~15日(先師・先徳の回向)

興福寺羅漢供(日程・アクセス・概要)

興福寺羅漢供(日程時間など)を紹介しています。羅漢供は例年8月13日~15日に行われます。羅漢供は仏道を極めた16人の羅漢(阿羅漢)、いわゆる十六羅漢の御徳を讃える羅漢供に倣い、興福寺の先師・先徳を回向する法要です。羅漢供は関西の習慣である旧盆の8月13日~15日の3日間、本坊の持仏堂で行われる寺内法要です。(詳細下記参照)

【興福寺羅漢供 日程時間(要確認)】
興福寺羅漢供は例年8月13日~15日に行われます。
*参考・・・興福寺ホームページ

【興福寺羅漢供 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市登大路町48
最寄り駅・バス停・・・近鉄奈良駅(徒歩約7分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

*JR奈良駅から市内循環バスの場合、県庁前(徒歩すぐ)
路線・時刻表・運賃チェック

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【興福寺羅漢供 歴史・簡単概要】
興福寺羅漢供(らかんく)は例年8月13日~15日に行われます。(法要は非公開)
羅漢供は仏道を極めた16人の羅漢(らかん・阿羅漢(あらかん))、いわゆる十六羅漢(じゅうろくらかん)の御徳を讃える羅漢供に倣い、興福寺の先師・先徳を回向する法要です。羅漢供は関西の習慣である旧盆の8月13日~15日の3日間、本坊・持仏堂(大圓堂)で行われる寺内法要です。

●羅漢は阿羅漢の略で、サンスクリット語のアルハット(arhat)が語源と言われています。アルハット(arhat)はインドの宗教では尊敬されるべき修行者を指します。羅漢は仏の教えを守り、伝えることのできる優れた僧侶に与えられた名前です。最高の悟りを得て、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者とされています。また羅漢はお釈迦様の弟子の到達する最高の階位とされています。十六羅漢は仏教の開祖・お釈迦様の命(仏勅)により、この世に長くとどまって仏法(正法)を守り、衆生を導くものとされています。十六羅漢は方位の四方八方を倍にした数で、あらゆる場所に羅漢がいることを意味するそうです。十六羅漢は玄奘訳の「大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記」によると賓度羅跋ら惰闍(びんどらばらだじゃ)・迦諾迦伐蹉(かなかばっさ)・迦諾迦跋釐堕闍(かなかばりだじゃ)・蘇頻陀(すびんだ)・諾距羅(なこら)・跋陀羅(ばだら)・迦理迦(かりか)・伐闍羅弗多羅(ばじゃらほたら)・戍博迦(じゅばか)・半託迦(はんたか)・ら怙羅(らごら)・那迦犀那(なかさいな)・因掲陀(いんがだ)・伐那婆斯(ばなばす)・阿氏多(あじた)・注荼半託迦(ちゅだはんたか)です。仏典によって名称が多少異なっています。ちなみに第1番目の賓度羅跋ら惰闍はお釈迦様からこの世にとどまれと命ぜられたことが「雑阿含経」に記されています。なお第1回の仏典編集(結集)に集まった500人の弟子は五百羅漢と称されています。
●本坊は境内東側に建立されてるが、一般に非公開です。持仏堂(大圓堂)は明治時代(1868年~1912年)に建立され、本尊・聖観音立像(重要文化財)を安置しています。聖観音立像は1253年(建長5年)に仏師・快円が造仏しました。聖観音立像は寺伝で聖観音とされているが、像内の納入文書では弥勒菩薩像です。
興福寺見どころ

【興福寺 歴史・簡単概要】
興福寺は669年(天智天皇8年)に藤原氏の始祖・藤原鎌足の妻・鏡大王が夫の病気平癒の祈願の為に藤原鎌足発願の釈迦三尊像や四天王などを安置する山階寺を山背国山階陶原(京都市山科区)に創建したのが起源と言われています。672年(天武天皇元年)の藤原京遷都とともに山階寺も移され、地名から厩坂寺と言われました。その後710年(和銅3年)の平城京遷都とともに藤原鎌足の子・藤原不比等が現在の場所に移し、興福寺と名付けました。720年(養老4年)に藤原不比等が亡くなると造興福寺仏殿司が設けられ、国家事業として伽藍が整備され、奈良時代に四大寺、平安時代に七大寺に数えられ、延暦寺とともに南都北嶺と称されました。最盛期には一乗院・大乗院など塔頭や付属寺院が百か院以上を数えたそうです。また平安時代に春日大社の実権も手に入れ、大和国を領するほどになり、鎌倉時代・室町時代に鎌倉幕府・室町幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任に当たり、江戸時代には興福寺・春日大社の知行地が2万1千余石と定められました。
*参考・・・興福寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【興福寺羅漢供 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
興福寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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