薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会2026年9月21日
薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会(日程・アクセス・概要)
薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会(日程時間など)を紹介しています。休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会は例年敬老の日に行われます。休ヶ岡八幡宮大祭では神職・薬師寺の僧侶が参加して行われます。献饌の儀などの神事が行われ、その後読経などの仏事が行われます。神事・仏事終了後に子供による奉納相撲大会が行われます。(詳細下記参照)
【薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会2026 日程時間(要確認)】
薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会2026は2026年(令和8年)9月21日(月曜日)10:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・薬師寺ホームページ
【薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市西ノ京町457
最寄り駅・バス停・・・西ノ京駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
【薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会 歴史・簡単概要】
薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭(やすみがおかはちまんぐうたいさい)・奉納相撲大会(ほうのうすもうたいかい)は例年敬老の日に行われています。
休ヶ岡八幡宮大祭では神職・薬師寺の僧侶が参加して行われます。献饌の儀(けんせんのぎ)・神楽の奉納(かぐらのほうのう)・土俵清祓の儀(どひょうきよはらいのぎ)・玉串奉奠(たまぐしほうてん)などの神事が行われ、その後「般若心経(はんにゃしんぎょう)」の読経などの仏事が行われます。神事・仏事終了後に子供による奉納相撲大会が行われます。
●休ヶ岡八幡宮は薬師寺を守護する鎮守社です。休ヶ岡八幡宮は寛平年間(889年~898年)に別当・栄紹が大分県・宇佐八幡宮(宇佐神宮)から勧請したのが起源と言われています。社名は855年(斉衡2年)に大安寺の僧・行教が八幡大神を大安寺の元石清水八幡宮に勧請した際、この地で八幡大神が休息したことに由来しています。「今昔物語集」には八幡大神が金堂を火災から守ったという説話が記され、古くから篤く信仰されました。社殿は1603年(慶長8年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼が再建しました。社殿は三間社流造の檜皮葺です。休ヶ岡八幡宮は八幡三神(僧形八幡神・神功皇后・仲津姫命)像(国宝)を祀っていたが、現在は奈良国立博物館に寄託されています。
●相撲は日本最古の歴史書「古事記」葦原中国平定の件に記されている建御雷神と建御名方神の力くらべが起源とも言われています。また紀元前23年(垂仁天皇7年)7月7日に第11代・垂仁天皇の命によって行われた土師氏の祖・野見宿禰と当麻蹴速(當麻蹶速)の角力(相撲)が起源とも言われています。野見宿禰が当麻蹴速の脇骨を蹴って折り、倒れた当麻蹴速を踏み付けて腰骨を踏んで折り、絶命させたとされています。当初の相撲は蹴り・踏みなどの打撃が主な攻撃だったとも言われています。なお野見宿禰・当麻蹴速は日本相撲の始祖として祀られています。
薬師寺見どころ
【薬師寺 歴史・簡単概要】
薬師寺は680年(天武天皇9年)に第40代・天武天皇が皇后・鵜野讃良(持統天皇)の病気平癒を祈願する為に発願し、藤原京右京八条三坊に創建されました。710年(和銅3年)の平城京遷都後に現在の場所である西ノ京に移されたと言われています。ちなみに当初の薬師寺では688年(持統天皇2年)に無遮大会が行われ、698年(文武天皇2年)には伽藍がほぼ完成したと言われています。その後薬師寺は973年(天禄4年)の火災や1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火により、多くの伽藍を焼失し、創建当初の建物は東塔だけになりました。なお薬師寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
*参考・・・薬師寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【薬師寺休ヶ岡八幡宮大祭・奉納相撲大会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
薬師寺(アクセス・見どころ・・・)情報












