元興寺節分柴燈護摩会2021/2/(日程・時間・・・)

元興寺節分柴燈護摩会

元興寺節分柴燈護摩会

元興寺節分柴燈護摩会(日程・時間・・・)を紹介しています。節分柴燈護摩会は毎年節分の日に行われています。節分柴燈護摩会では本堂内陣に波切不動明王立像と宝山寺(ほうざんじ)・湛海不動明王坐像を移し、年越しの除厄・家内安全・心願成就を祈願します。なお境内では導師・山伏による厄除け・招福を祈願する柴燈大護摩供と火渡りが行われます。(詳細下記参照)

【元興寺節分柴燈護摩会2021 日程時間(要確認)】
●2021年(令和3年)は立春が2月3日、節分が2月2日になる予定です。行事日程は2020年秋頃から確定します。(現在確認中・要注意)
元興寺節分柴燈護摩会2020は2020年(令和2年)2月3日(月曜日)12:00から行われます。なお13:00から柴燈大護摩供・火渡り、15:00から福豆まきが行われます。

【元興寺節分柴燈護摩会 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市中院町11
最寄り駅・バス停・・・近鉄奈良駅(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

*JR奈良線・奈良駅(徒歩約20分)
*JR奈良線・奈良駅からバスの場合、田中町(徒歩約5分)
*近鉄奈良線・奈良駅からバスの場合、福智院町(徒歩約5分)
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【元興寺節分柴燈護摩会 歴史・簡単概要】
元興寺節分柴燈護摩会(せつぶんさいとうごまえ)では本堂内陣に波切不動明王立像と宝山寺(ほうざんじ)・湛海不動明王坐像を移し、年越しの除厄・家内安全・心願成就を祈願します。その後境内で導師・山伏による厄除け・招福を祈願する柴燈大護摩供(さいとうおおごまく)と火渡りが行われます。柴燈大護摩供では炎の中に不動明王を勧進し、願いが書かれた護摩木を焚き上げて祈願成就を願います。最後に舞台で年男・年女による福豆まきが行われます。ちなみに元興寺は八雷神(やついかつちのかみ)や元興神(がんごうしん)の鬼の発祥地であることから福豆まきでは「福は内 鬼は内」と言い、「福は家の内に入るように」「鬼は自分の内から出るように」を願うそうです。なお元興寺には昔鐘楼に鬼が出て人々を怖がらせ、雷の申し子・大力の童子が退治したという伝承が残されているそうです。
節分(せつぶん・せちぶん)は元々は季節が変わる節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指す場合が多くなりました。節分には邪気悪霊(鬼)が外から入ってくるのを防ぐ為、「鬼は外・福は内」と言いながら福豆を撒き、年の数だけ福豆を食べて厄除けをします。豆撒きは平安時代中期の第59代・宇多天皇(867年~931年)の時代に鞍馬山の鬼が都を荒らしたことから毘沙門天のお告げにより、鬼の穴を祈祷で封じ、鬼の目を炒り豆で打ちつぶしたということに由来しているそうです。なお豆などの穀物には魔除けの呪力や生命力を持つという穀霊が宿っているとも言われています。ちなみに豆は鬼の目を表す「魔目(まめ)」から鬼を滅する「魔滅」を意味するようになったそうです。

【元興寺 歴史・簡単概要】
元興寺(がんごうじ)は588年(崇峻天皇元年)蘇我馬子(そがのうまこ)が甥で、第32代・崇峻天皇が即位した際、法興寺(ほうこうじ)を創建したのが起源と言われています。ちなみに法興寺は地名から飛鳥寺とも言われたそうです。710年(和銅3年)の平城京遷都後の718年(養老2年)に平城京に移され、名称も法興寺(飛鳥寺)から元興寺に改められました。元興寺の名称は「仏法元興之場、聖教最初の地」の言葉に由来するそうです。その後平安時代末期からの末法思想の流行や阿弥陀信仰の隆盛により、曼荼羅(まんだら)を祀る堂は極楽坊とも言われ、発展しました。1451年(宝徳3年)の土一揆によって炎上し、曼荼羅を祀る極楽院・五重塔を中心とした元興寺観音堂・小塔院の3つに分裂しました。極楽院は1955年(昭和30年)に元興寺極楽坊、1977年(昭和52年)には元興寺に名称を改めました。なお元興寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
元興寺は真言律宗の寺院です。
*参考・・・元興寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ元興寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【元興寺節分柴燈護摩会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
元興寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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